「岩手県の湯田町(現西和賀町)白木野には、毎年1月19日に厄払いとして大きな男根をつきだした藁人形を集落の入り口の大木に架けるお祭りがあります。会社勤めをしながら、好きな写真を本格的に学ぼうと現代写真研究所に通い出す前年の1974(昭和49)年に撮影に行ったのがきっかけで、以来、妻(俳人の黒田杏子さん)の句友小林輝子さんの営む湯之沢のこけし屋さんにお世話になって、毎年のように湯田に通いました。そのご近所には、数年前に国の計画事業で不便な山奥の集落から集団移住してきた人たちがいました。彼らが狩猟で生活するマタギの人たちだったんです」

 と、先日写真集『最後の湯田マタギ』(藤原書店 2800円+税)を刊行した黒田勝雄さんは語る。マタギという言葉は知っていても、当初は特別な関心を持っていなかった黒田さんだったが、湯田に通い湯之沢の人々を撮影していくなかで、期せずして失われていくマタギの生活文化も記録することになった。

黒田勝雄さん ©文藝春秋

「お世話になっていたこけし屋さんの真向かいが、世襲のマタギの頭領(オシカリ)をしていた高橋仁右ェ門さんご家族の家でした。湯田のマタギは鉄砲を持たず獲物の熊を追い立てる係の〈勢子(せこ)〉、追い立てた熊を待場で待機して鉄砲で仕留める〈待人(まつと)〉など、10人ぐらいの集団で役割を分担して猟をします。ひらけた土地に移住してきたばかりの彼らは、以前の田畑を耕したりしながら、猟のシーズンになると山へ出かけていました。現在の湯田にも猟をする人はいますが、勢子の人たちが歳をとり引退してしまって当時のような猟は困難だそうです。それはもう“湯田のマタギの猟”とはいえないでしょうね」

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 本書には、黒田さんが湯田に通った1977年から97年までの21年にわたる湯田の人々の生活――猟銃をかまえるマタギの男たちの姿だけでなく、山間の道で牛を曳く少年や、山菜採りのおばあさん、主婦たちの賑やかな宴会の様子など、飾り気のない日常の姿がたっぷり記録されている。

「湯之沢の集落の人々の撮影をはじめて10年ぐらいのち熊獲りにも同行を許されるようになりました。春、雪が解けて熊が冬眠から覚め穴から出てくる4月中旬から5月初めにかけてのわずか2週間程度、“害鳥獣駆除”の許可が下りた時だけ熊獲りは行われました。私は、勤務先の休日と休暇を合わせて、1年に1度、合計4度熊獲りに連れて行ってもらいました。なかなか熊と遭遇することができず、3度目にようやく熊に出会えました。熊獲りの写真もふんだんに本書に収録しています。

 写真集は、撮影したフィルム600本分をすべて見直して厳選し、湯田の風景、マタギの活動、集落の人たちの生活、旧暦12月12日の山の神の祭りなどで構成しました。つい最近まで見られたごく普通の山村の風景と庶民の生活を、現地の菅原良さんの文章と合わせて、1人でも多くの方々に見て頂きたいと願っています」

くろだかつお/1938年、栃木県生まれ。慶応大卒業後、メーカー勤務の傍ら、写真家として活動してきた。他の写真集に『浦安 元町1975-1983』がある。

黒田勝雄写真集 最後の湯田マタギ

黒田 勝雄 ,黒田 勝雄

藤原書店

2020年5月27日 発売