「困ったときの直人さん」と「困らなくても直人さん」

 みなさん、はじめまして!

 昨年、イーグルスのオフィシャルリポーターとして、オープン戦・レギュラーシーズンの全ての主催試合78試合で中継リポーターを務めたフリーアナウンサーの倉林知子です。私は元々、山形県のさくらんぼテレビで働いていました。

 昨シーズンは開幕戦をZOZOマリンスタジアムで取材したあと仙台入り。パブリックビューイングの日に、「AI判定 あなたはダレ鷲さん?」で遊ぼうと待機列で待っている間、スタジアムのボランティアを長年しているというおじいちゃんと立ち話をしました。そのおじいちゃんは、宮城球場をフルキャストスタジアム宮城に建て替えた工事現場で働いていたお方で、当時急ピッチで球場を作り替えたお話をして下さいました。

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 新球団の誕生から現在までを見てきた地元の方にお会いして、改めて「リポーターとして、このチームの魅力、選手の魅力、そして野球の魅力を視聴者の皆さんにしっかりお伝えするんだ!!」と身の引きしまる思いがしたのを昨日のことのように思い出します。

筆者・倉林知子

 さて、前置きが長くなりましたが、先日引退会見をした渡辺直人選手についてのお話です。

 昨年9月26日、レギュラーシーズン最後のイーグルス中継。

 番組終わりの挨拶で「唯一の心残りは、渡辺直人選手の復帰を伝えられなかったこと」と話した私。実は、イーグルスに来る前に、スポーツキャスターとして2016年からライオンズの取材をしていました。直人選手と初めてお会いしたのはその時でした。

 メディアにとって直人選手は、どんな時もどんな質問にも答えてくれる、とても頼りになる存在。

 ライオンズ時代も選手たちから「困ったときの直人さん」と言う声が聞こえていましたが、リポーターの私にとっては「困らなくても直人さん」(笑)という存在でした。

「楽天慣れた?」「今日ちょっと元気ないんじゃない? どうした?」と日頃から一レポーターの私のことさえも気にかけてくれていた直人選手。ライオンズからイーグルスへと環境が変わり全く余裕がなかった私のことを見抜かれ驚いたと同時に、その気遣いが本当に嬉しかったのを覚えています。

 直人選手の気遣いは、プロ生活14年間で数多くの選手の飛躍のきっかけや人生の分岐点を作ってきました。