※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2020」に届いた原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。
【出場者プロフィール】スギタ(すぎた) 横浜DeNAベイスターズ 24歳。大阪に暮らす、金欠怠惰のショボい奴。
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左の代打が出てくると、胸がざわざわする。乙坂智、楠本泰史、山下幸輝……ベイスターズの代打は、あいかわらず左打ちが多い。その誰もが、あの人と重なってしまう。打席にいる彼らも、あの人のアドバイスを受けてきたのだろうか。
「やりたいこととは、違ったからね」あの時、下園辰哉はそう語った。
初めて生で見たベイスターズのホームランは、下園が打ったものだった。暗黒期真っ盛りのベイスターズにあって、1番や3番として奮闘していたのが下園だった。「ゾノアイ」と称された選球眼と勝負強さ、鋭い打球を武器に、DeNAベイスターズとなった後も代打の切り札としてチームを救い、サヨナラ打も放ってきた。
人生で初めてサインをもらった選手でもある。
その時にはもう、下園は引退していたが。
下園に背中を押してもらったあの日
下園に会える。その思いで横浜・元町の馬革専門店「SILOKU」を訪ねたのは、大学“5年”になる直前だった。下園は引退後、会社員としてSILOKUをプロデュース、店を切り盛りしていた。
店を訪れる前年、2018年に就活をはじめ、ものを書く仕事に就きたいとばくぜんと考えて新聞記者を志していた。が、秋採用まで粘っても結果には恵まれず、就活留年状態となっていた。嘆く間もなく、もうすぐ次の採用は始まる。SILOKUの扉を開けたのはそんな冬の日だ。
ホームページを頼りにこぢんまりした店を探し当てると、ガラス窓の向こうに横顔でもわかるイケメンの姿があった。それが下園だった。
プロ野球選手と間近で会うのも、会話をするのもほぼ初めて。ましてや、子どもの頃から見ていた選手だ。肋骨を打つように心臓が高鳴る。
学生で、就活用の名刺入れが欲しくて、ベイスターズファンで……しどろもどろになりながら、身の上を話す。
「何を目指しているの?」
「新聞記者になりたいです!」
「いいね~、俺も記者の人と話したことあるけど、もうグイグイいった方がいいよ。最初は『なんだこいつ』ってなっても、そういう人の方がメシとかいけるしね」
丁寧で、それでいて気さくな人という印象だった。
「ベイスターズの取材もしたいんで、その時にはコーチとかやっていてくださいね」
冗談交じりに、そんな軽口もたたいてみる。
「ああ、それめっちゃいいね! コーチじゃなくても、球団にはいるかもしれないからさ」
そう返す下園は笑っていた。
下園に、背中を押してもらった気がした。やっぱり、絶対に記者になろう。そうしたら、下園のことを書こう。ベイスターズにいようと、いまいと。
それまでばくぜんと「ものを書くのが好きだから」だったのが、「この人のことを伝えたいから」。だから記者になりたい、という思いに変わった瞬間だった。
一度、全落ちという挫折を味わった。いやでも後ろめたさのようなものが自分の中に残る。下園はそれを振り払った。まるで暗黒期のベイに希望を灯した、かつてのように。