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「浴槽の中に肌色の塊が…」“結愛ちゃん虐待死事件”母親のトラウマを黙殺した冷酷な裁判所

どうしてこんなに冷たいのか。優里被告への8年の刑は重過ぎる

2020/09/08

source : 文藝春秋

genre : ニュース, 社会

「テレビの電源をブチッと切ったように」

――「見たのか」と言われた後にどうなったか、その後の記憶を弁護人から問われた優里被告は、「テレビの電源をブチッと切ったように真っ暗」と答えていました。

「優里さんの記憶は、18年2月20日頃までは一連のエピソードとして残っていますが、24日の浴槽閉じ込め事件によって記憶は凍結され、その他の生活の記憶も断片になっています。優里被告は浴槽の光景を見た際にストレスの大きさに耐え兼ね、心が固まってしまう、フリーズという反応が出ている。

 実際、翌25日にまぶたが腫れ上がるほどの娘の顔のアザを、一旦は回復したはずの過去の夫の暴行の怪我のものだと認識していたり、腹痛や『食べたくない』という娘の訴えを浴槽閉じ込めの影響とは思わず、自らが朝食に与えた水餃子が傷んでいたのではと疑ったりしています。

 現実認知と、現実検討力が著しく低下し、死に直面しようとする娘の状態について、的を射ない、言ってみればトンチンカンな認識しか持てなくなっていて、このために娘を病院につれて行くという通常の判断ができなくなっていた。症状学的にはむしろ信憑性があると思います」

優里被告の手記

優里被告の“被害者性”を本当に検討したのか?

――ただ、こうした断片的な記憶が回想可能になるまでには時間がかかるとすると、裁判の迅速化の要請とは矛盾しそうです。

「優里被告は保護責任者遺棄致死の加害者である前に、夫によるDVの被害者なのに、その被害者性がきちんと検討されていないように思えてなりません。その解離性健忘の影響が消えない時期に受けた裁判では、記憶は明確とはいえず、適切に自らの認識を主張することもできなかったことになります。

 ようやく本来の自分を取り戻しつつある段階で、裁判をきちんと受けられるようにすべきです。

 また本件では、目黒にやってくる前まで暮らしていた香川県では、児童相談所や病院が娘への虐待だけに着目し、『ママも暴力を受けている』という娘からの情報を知っていながら、きちんとその内実を調べることなく、母子を救い出す機会を逃しています。

 司法もこうしたDV被害者の実情を理解しない認識では同じ。一審の裁判長に至っては判決の言い渡しの際、『裁判が終わった後もしっかり考え、やり直してください』と述べていました。やり直すのは、全国のサポート体制の方ではないでしょうか。刑事司法も、こうした判断を続けていてはいけないと思います」

 控訴審判決は8日に下される。事件の教訓を活かすのはこれからの重い課題として残されたままだ。

◆◆◆

 広野氏が、優里被告が夫による壮絶な心理的DVを獄中で振り返った手記を紹介した〈目黒虐待死事件“結愛ちゃん母”慟哭の手記「夫は本当のことを言っていない……」〉は「文藝春秋digital」に掲載されている。

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