「合わせて踊ってみる?」
結莉奈さんは先天性ミオパチーという筋肉の病気を生まれつき持っており、現在は気管切開して人工呼吸器をつけている。身体を起こすと呼吸が苦しいので、ベッドで横になって多くの時間を過ごしている。
この2月からは新型コロナウイルスの感染リスクを考慮して、訪問授業や訪問看護、訪問リハビリなどすべてを休止したまま。家族以外の誰とも会っていない状態が続いていた。
分身ロボットを介して美術館へ出かけられる機会があるとの話を聞きつけて、ぜひにと応募。この日を迎えたのだった。
「キラキラー! 大きいアクセサリーみたい!」
入館してすぐに出くわしたのは、ニック・ケイヴ《回転する森》。天井から無数の飾りが吊られている。作品を前にした結莉奈さんは、みずから声を発して案内役の「ゆりのお姉ちゃん」に話しかけたり、OriHimeの両手をパタパタとふったり。
興奮ぶりが分身を通してよく伝わってくる。
「つぎのへやに行ってみようか?」
ゆりのさんに促されて、結莉奈さんの分身たるOriHimeは先へ進む。ヨコハマトリエンナーレはアートの祭典だけに、あらゆるタイプの作品が次々と登場する。
空間全体を作品化するインスタレーションという手法を用いたものや、エヴァ・ファブレガス《からみあい》のようにあたかも作品の中に迷い込んでしまえる作品など……。体感型展示が多いのは、この鑑賞会にうってつけだった。OriHimeからの映像を通しても、迫力がよくよく感じ取れるだろうから。
ゆりのさんは歩くときもOriHimeを水平に保って、できるだけ揺らさないように気を配る。そうしないと映像を通して観ている側は、クルマ酔いみたいな状態になってしまう。
細心の注意を払っていることもあってか、ふたりの呼吸はぴったりだ。さとうりさによるフワフワしたオブジェを前にすれば、
「なんだろう、これ? 豆、かな?」
と一緒に考え込む。アリア・ファリドの映像作品を観ながら、
「男の人が踊ってるよ。合わせて踊ってみる?」
とゆりのさんが言うと、結莉奈さんの操作でOriHimeが盛んに手をパタパタさせた。