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2020/10/08

 シーズン76試合登板の球団記録に達した2007年には疲れを案じた質問に「ここ数年でベストコンディション。配慮して使ってもらっています。必要とされた時に頑張れないと」と答えてくれました。

 現役11年間、全490試合でリリーフ。最後の登板2010年10月6日の横浜スタジアムでは当時阪神でプレーしていた新井貴浩さんにタイムリー二塁打を喫しましたが、真剣勝負に対し晴れやかな表情でマウンドを去りました。ちなみに、この前日筒香嘉智選手(現レイズ)が一軍デビューしています。

「一層の才覚を現したのは、むしろ指導者になってからかもしれない」

「一層の才覚を現したのは、むしろ指導者になってからかもしれない。今の姿は教え子の中でも誇れる存在」と話すのは前出の浦和学院の森監督。引退後すぐ投手コーチに就任。悩める若い投手達に自然な口調で寄り添い、2014年にはファーム投手コーチとしてリリーフで苦しんでいた山口俊投手(現ブルージェイズ)が先発として再生する道を支えました。2015年にはスカウトとして駒澤大学時代の今永昇太投手に注視しています。

 現在JFE東日本でプレーするOBの須田幸太投手が、以前tvkの中継のゲストにいらっしゃった時に話してくれたエピソードは、木塚コーチがブルペン担当時これでもかとベンチから来るリリーフ準備の要請電話に対して「もう俺は、この電話には出ん」とキャンディを入れた籠に電話を埋めてしまった、お茶目な一幕。疲れが溜まり張り詰めたブルペン陣は和みました。今は木塚コーチが当時の思いを携えて、ベンチからブルペンに電話をかけています。

試合中、ラミレス監督と並ぶ木塚コーチ ©tvk

 木塚コーチから後ろ向きの言葉を聞いたことはありません。苦しくても背を向けずに戦い続ける選手には、どんな時も力水を与え続けます。

 2019年2月20日、宜野湾キャンプのブルペンでカットボールを試す山﨑康晃投手を見ました。練習後に木塚コーチが「いいボールだったでしょう。いずれ投球の幅を広げる武器になりますよ」と嬉しそうに話してくれた姿を思い出します。予想以上に長い期間となった不調の渦中にいる山﨑投手は歯を食いしばり、一軍で戦い続けています。木塚コーチは「追い込んで、あと一つのストライクに苦しんでいる。今の経験から見えてくるものがあるはず」と話します。かつての自身の様に万全でない時期があったとしても、引き出しを増やし、やがては数字と自信を重ねて不調を過去のものとしてしまう日を見ているのかもしれません。

 山﨑投手の姿は、変わらず前を向く言葉で伝えていこうと銘じています。

 私が実況中継を担当する際「継投は、その時チームが総合判断した最善策。批判は絶対にしない」という信条があります。元々は先輩方から受けたアドバイスでしたが、木塚コーチの様な存在に出会うと、自らの決め事はいつの間にか体内で増えた中性脂肪をものともせず、さらさらと体内を巡っていきます。

練習中、離れたスタンドより筆者 ©吉井祥博

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