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571日ぶりの復活 “サブちゃん”福山博之がイーグルスを救う

文春野球コラム ペナントレース2020

はらこ飯を頬ばり、秋の夜長にいざ野球観戦

 秋の夜長は飼っている蛙を深夜までじーっと眺める。かような日々を送っておる。伊達武将隊・片倉小十郎景綱である。

 秋と申せば……スポーツの秋、食欲の秋、紅葉の秋、実りの秋、読書の秋、芸術の秋……など、楽しめる事が盛沢山じゃ。日ノ本に住まう多くの人々が好きな季節ではなかろうか。

「いづる間も ながめこそやれ 陸奥の 月まつ島の 秋のゆふべは」

 主君・伊達政宗様が秋の松島の月を詠んだ歌に御座る。政宗様も愛する日本三景・松島は勿論の事、宮城県北・鳴子、宮城県南・蔵王の紅葉もまことに良いものぞ。

 わしにとって秋とは……「超食欲の秋」である!!

 仙台・宮城には美味い物が多い。牛タン、笹かま、ずんだ餅は皆々存じておるであろう。では、『はらこ飯』という物はどうじゃ? 存じておるかのう?

 

 はらこ飯とは、鮭の煮汁で炊いたご飯の上に天然秋鮭の切り身といくらを乗せた宮城県亘理町の郷土料理。宮城県内のスーパーにも並び、地元では知らぬ者は居らぬと断言致す。

 江戸時代のはじめ、政宗様が亘理地方を訪れた折、地元の漁師から献上されたといわれているはらこ飯。鮭の出汁が染み込んだ米と柔らかい鮭の切り身、ぷちぷち食感のいくらを口いっぱいに頬張る。圧倒的至福っ……! お笑いコンビ、サンドウィッチマンの二人も愛するはらこ飯は、是非とも皆々に食して欲しいのう。

シーズン最終盤、苦しいチーム状況を救ってくれるのはあの漢しかいない

 ときに...残り試合も僅かとなり申したプロ野球2020シーズン。晩秋の最終決戦に向け、我らが楽天イーグルスも日々死闘を繰り広げておる。2位千葉ロッテマリーンズとは6ゲーム差(10月7日終了時点)という状況。一時はマリーンズに3連勝致し、このまま上位へという勢いを見せたが、失速……。

 茂木殿、太田殿の離脱や期待されていた則本殿が打ち込まれたりと……現在のチームに何が必要なのか、はらこ飯を頬張りながら考える昨今。

 されど、そんな苦しい状況のイーグルスを救い、導いてくれるとわしが期待する、「あの漢」が帰ってきた。

福山博之 ©時事通信社

 福山博之。阪神タイガースの糸原殿と同じ出雲国・島根県雲南市出身。自身もネタにするほど大きい鼻の穴が演歌歌手・北島三郎殿に似ている事から「サブちゃん」の愛称で親しまれる、打者に向かっていく投球スタイルが持ち味の熱い漢じゃ。

 福山殿、中学・高校時代は内野手としてプレーしたのち、地元を離れ、大阪商業大学に一般入試で進学。大学の野球部入部時の自己紹介で『どうせ誰も俺の事知らんやろ』と思った福山殿は『ポジションはピッチャーです』と紹介。この嘘が投手転向のきっかけと相成った。

 投手転向間もない福山殿には投球術を鍛える必要があった。そんなある時、大学近くの公園で散歩をしていたおじさんが福山殿にこう話しかけた。

『俺が投げ方を教えてやる』

 このおじさん……なんと! 横浜ベイスターズで活躍した金城龍彦殿の叔父さんであったのだ。以来、犬の散歩をする金城殿の叔父さんから投球術を学んだ福山殿。

 その後も投球術に磨きをかけ続け、大学3年時の関西六大学野球春季リーグ戦を3勝無敗。秋季リーグ戦ではチームのエースとして6勝3敗を記録し、投手としてベストナインにも選ばれる。最終的に在学中リーグ戦通算46試合登板、17勝11敗、防御率1.67、176奪三振を記録。

 2010年、念願のプロ野球界へ。ドラフト6位で横浜ベイスターズに入団(なにかの縁か。金城龍彦殿と同じベイスターズへ)。1年目の2011年8月13日対中日ドラゴンズ戦でリリーフとして初陣し、シーズン中19試合に登板。2年目のシーズンは本来の力を発揮出来ず、一軍での登板は2試合にとどまり、その後ベイスターズ側から野手転向を打診される。

 中学・高校時代は内野手であった事、50メートル6秒前半で走る脚力の持ち主であった故に打者転向の話が持ち上がった。しかし、福山殿は投手へのこだわりを強く持っており、この野手転向打診を固辞。後に契約解除となったが、楽天イーグルスへの入団が決まる。

 新天地イーグルスで迎えた2013年は22試合の登板に終わったものの、2014年からリリーフ陣の一角を担う。2017年には開幕から36試合登板自責点0や松井殿の代わりの抑えとして登板するなどNPB初の4年連続65試合登板を達成。大車輪の活躍を見せた。

 2019年は開幕から7試合に登板したものの、4月に登録抹消。夏には右肘と右肩の鏡視下クリーニング手術を受け、残るシーズンを全てリハビリで過ごす。リハビリから実戦復帰まで時間を要する事から、支配下契約を解除、育成選手として再び契約と相成った。

 そして今季、長きに亘るリハビリという苦境から見事復活を遂げ、ファームで12試合登板。防御率0.79という見事な武功をあげ、育成選手から支配下選手として契約を掴む。

待ちに待ったサブちゃんこと福山殿の571日ぶりの復活

 福山殿の支配下選手登録の折、石井GMはこう語っておる……。

「福山選手に関しては、大きな手術で大変な時期を昨年から過ごしてきましたが、今年の投球を見て、彼本来の動きや投球ができるところまで戻ってきてくれました。シーズン開幕した時点から、彼の背番号64番を作り待っていました。投げられない、辛い時期があったと思いますが、残りのシーズンで躍動した福山殿の投球とブルペンのリーダーとして期待しています」

 GMが作り待っていた背番号64のユニフォームを身に纏い臨んだ翌9月22日、楽天生命パーク宮城での千葉ロッテマリーンズとの一戦。浅村殿が2本のHRを放つなど4点リードで迎えた8回表。福山殿来るか? 来るか?と思うておったその時、場内に投手交代のアナウンスが流れる。

『背番号64! 福山博之!』

 うおおおおおお!! きたーーーーーーっ!!

 福山博之!というアナウンスが流れた瞬間、球場内のファンから拍手に勝る大きな声が上がる。コロナという流行病の感染拡大防止が故に、球場では大声を出しての応援は出来ぬのじゃが、思わず声が出てしまったのであろう。

 うむ。その気持ち、わかる! わかるぞっ!!

 期待感に包まれる楽天生命パーク宮城。伊達の勝色(濃紺)ユニフォーム姿の福山殿が571日振りにマウンドへ上がる。

 福山殿が支配下選手登録時に語った、

「もう一度チャンスをくださったチーム、また、リハビリに関わってくださった方々に感謝します。一球一球、魂を込めて投げていきます」

 この言葉通り、最速145キロ、変化球のキレも見られた魂の投球でマリーンズ打線を2安打無失点に抑えた福山殿。以前と変わらぬ躍動感のある投球フォームから投じられる一球一球には感謝と決意の念が込められていた。

 この目出度い復帰登板試合は12-4でイーグルスの勝利に終わる。

 勝利後のお立ち台で開口一番、

「みなさん、僕の事を忘れているなと思ってマウンドに上がったんですけども……」

 忘れられている事を案じておったのか! 福山殿!

 安心召されよ。誰一人とてお主を忘れてはおらぬぞ!!

 何せ……星野仙一元監督に代走として試合に送られたり、オールスターゲームでまさかの2試合連続2イニングを投げたり、マウンド上で転倒しながらも140キロを投じたり、競馬の菊花賞で北島三郎殿所有のキタサンブラックが優勝した折、黒枠を引いた時点で勝機ありと思っていました!と話したり、春季キャンプ恒例の声出しで中継ぎ60試合登板出来なければ台湾でダンサーデビューすると宣言したり、シーズンオフに鉄の胃を作るべく生肉食トレをしたり、4年連続65試合以上登板を達成したり、史上初、戦力外から1億円プレーヤーとなったり……記録でも記憶でもお主が我々に与えた強烈な印象は生涯忘れぬ。

 福山殿、これよりもよろしく頼みましたぞ!!

 ようやく頼もしい背番号64の漢が帰ってきた。

 まだまだ諦めぬぞ。上位奪還へ! いざ参らん!!

 改めて、

 サブちゃん、おかえり!!

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