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偉大なる大インチキ――広島カープ・石原慶幸の引退によせて

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/10/21

 いつの頃からか、『ちびまる子ちゃん』の主題歌「おどるポンポコリン」の歌詞に出てくる「おなべの中からボワっと登場するインチキおじさん」が、私の頭の中では「プロテクター一式を装着して鍋の中から登場する石原慶幸」で脳内再生されるようになってしまった。

今季限りで現役を引退する石原慶幸 ©文藝春秋

なぜ「インチキ」と呼ばれるようになったのか

 ファンの間ではすっかり定着している、石原を評する時の「インチキ」。カープ一筋19年目のベテラン捕手が、なぜ「インチキ」と呼ばれるようになったのか。「相手の目をごまかして不正をはたらく」という意味でインチキを捉えるならば、そもそもカープには、当たってもいないのにデッドボールと言い張る達川光男のインチキ系譜が存在する。しかし達川のインチキがある意味「確信インチキ」なのに対し、石原の場合はどうだろう。

 一番印象に残っている「インチキ」は、2013年5月7日のDeNA戦でのできごとである。6回表、一塁走者に石川雄洋・打者井納という場面で、久本祐一の投球をこぼした石原はボールを見失ってしまった。進塁しようとする石川を牽制するために咄嗟に土を掴んでボールを投げるふりをした石原。この様子が「アメトーーク!」(テレビ朝日系・2015年3月19日)でアンガールズ・田中卓志に「インチキ」と紹介されると、一躍「石原のインチキ」が全国区となったのである。

 その他にも、「二塁走者石原が、アウトになったふりをしてしれっと進塁」(2016年7月27日・巨人戦)、「スクイズを空振りした間にランナー2者生還」(2017年5月14日・巨人戦)などの出来事が「インチキ」と呼ばれる。果てはスクイズを外されて綺麗な一直線のポーズで飛んでいく石原の姿だとか、自打球を当てて治療中の打者のバットを直立に立てたりする石原の姿までをも「インチキ」と括られるようになってしまった。これはインチキというよりもはやイリュージョンの域でもある。

こんな引退セレモニーだったらどうしよう① ©オギリマサホ

 要は、石原を評する時の「インチキ」とは、「意外性」の言い換えなのだと思う。それは大抵、チームに良い結果をもたらす意外性である(たまにサヨナラ打撃妨害などもあったりはするけれども)。これまでの打席で凡退をしていたのに、突如としてサヨナラホームランを打つだとか(2009年6月18日・楽天戦、なおここから石原は6年連続サヨナラを決めることになる)、同点の9回裏二死満塁でデッドボールを受けてガッツポーズをするだとか(2011年5月14日・巨人戦)、ファンにとっては石原の「インチキ」は嬉しいものであった。今ではすっかりおなじみとなったカープの記念Tシャツも、もとはと言えば2010年4月の「石原サヨナラ弾」Tシャツが最初だったのである。

 とりわけ昨シーズン、開幕から5カード連続負け越しが続いたカープが、借金7という状態で臨んだ熊本での巨人戦は印象深い(4月17日、リブワーク藤崎台球場)。8回裏に丸佳浩に2ランを打たれ2-4と勝ち越された9回表、菊池涼介の同点二塁打に続き、石原の振り抜いた打球がセンター前に落ちて決勝打となった。ここからカープの8連勝が始まり、借金はみるみるうちに減っていったのである。ファンはこれを「熊本の奇跡」と呼んだ。言い換えれば「熊本のインチキ」である。