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2020/10/04

腫れ上がった顔で笑いながら「はい! 楽しいです」

 変身後の八重樫は11年10月にWBAミニマム、13年4月にWBCフライ、15年12月にIBFライトフライと三階級の王座を獲得した。

「華があるタイプじゃないのにファンからの支持が絶大で、戦績以上に記憶に残るボクサーでした。大橋会長が『負けた試合の方が歓声が多かった』と言ってたように、負ける姿がファンの心に響くボクサーだったんです」(ボクシング記者)

 何と言っても印象的なのは、壮絶な打ち合いとなった14年9月5日のローマン・ゴンサレス(以下ロマゴン)戦だろう。

「ゴングが鳴ってインターバルに入ると観客が涙ぐんだりしてて、それまで見たことのない雰囲気でした。〈大変なことをやっちゃってるのかな〉と思ったのを憶えてます。で、インターバルで僕が『次、思い切り行け。ダメなら止めるから』と声を掛けると、彼は腫れ上がった顔で笑いながら『はい! 楽しいです』と答えたんですよ。そんな八重樫を目の当たりにして、あのロマゴンが怯んでるのが分かりました」(大橋会長)

 だが結果として八重樫は初のKO負けを喫する。

「勝った瞬間にロマゴンが号泣し、まるで八重樫が勝ったような大歓声が起きたのが印象的でした」

ローマン・ゴンサレス(右)のパンチに顔をゆがめる八重樫東 ©共同通信社

「常に納得できる練習をしていた」

 引退会見で八重樫は「常に納得できる練習をしていたから諦めない心を作ってこれた」と語っていた。ボクシング界に限らず、“諦めない心の作り方”なんてことを言い切る人間は、そうはいない。

「7月頃、ジムでムチャクチャ練習してたのを見ました。2月に会長から引退勧告されて受け入れたってことなので、引退を決めてから随分経ってた時期です。普通ならモチベーションがないはずですけどね。彼には『常に納得できる練習をしていた』という資格があるんです」(同前)

 東京五輪が新型コロナの影響で1年延期となり、開催自体が未確定である今、各競技の代表選手の多くがモチベーションを保てずに苦労していて、ベテラン選手の中には引退してしまう者さえいる。八重樫のメンタルは一体、どうなっているのだろう?

「本当にやる気があるか、ないか。やる気があればモチベーション云々という言葉は出てこない、と八重樫は言ってました。僕もそう思います」(大橋会長)