政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会(旧専門家会議)の構成員として現在まで約8か月間、議論をリードしてきた東北大学大学院の押谷仁教授は、疫学解析のプロフェッショナルだ。ウイルス感染症を通じて“社会を見つめてきた医師”でもある。
WHO(世界保健機関)でアジア地域の感染症対策の責任者だった2003年には、重症呼吸器系症候群(SARS)と対峙し、終息宣言にこぎつけた現場指揮官として世界から注目を浴びた。今回も2月以降、「自宅と研究室のある仙台に帰ったのは4回だけ」というほど、日本の新型コロナ対策のために心血を注いできた。
どんな場所でクラスターが発生するのか?
今回、ロングインタビューに応じた押谷教授は、「感染症に『強い社会』と『弱い社会』がある」と話し始めた。
「どんな場所でクラスターが発生するのか。海外で典型的だったのは、外国人労働者が働き、生活する環境での大規模クラスターの発生です。
例えば、シンガポールの感染者は累計で5万7千人。そのほとんどがバングラデシュなどから来た建設作業員などの外国人労働者です。彼らは狭い部屋にいくつもの二段ベッドが並ぶ、非衛生的な環境の寮に暮らしていました。シンガポール政府は、こうした環境下の労働者の感染については、あえてドミトリーレジデント(寮の住民)という区分で統計を発表しています」
ウイルスが“社会の暗部”を炙り出していく
低賃金で国家の成長を支えているにもかかわらず、外国人労働者であるがゆえにあからさまに社会の外側に置かれているというのだ。こうしたことは米国のヒスパニック系移民や、ドイツにおけるトルコ系移民とも類似している、と押谷教授は続ける。
「共通しているのは、多くの労働者が冷蔵施設の中で働きながら、集団生活をしていること。密閉された冷蔵施設の中では密集して働くことも多く、休憩所やカープール(車の相乗り)、さらに集団生活の場など三密環境があちこちにあったと考えられます」
こうした人々は、行政の情報や医療へのアクセスが悪いため、彼らのコミュニティでの流行が検知されるのが遅れ、それが大規模な流行につながった可能性があるという。
「各国の社会の暗い部分や闇の部分を巧妙に炙り出していく。これは今回のウイルスの特徴といえる」――これが押谷教授の仮説だ。