都心部の歓楽街が起点となった7月以降の流行は大規模だった。「閉鎖に踏み切るべきだったのかという葛藤や反省がないと言えば嘘になる」と語る押谷教授だが、閉鎖に賛成しなかったのは、冬の流行拡大を見越してのことでもあった。
「歓楽街の店の経営者やそこで働く人たちの協力が得られなければ、再開した時に同じことが繰り返される恐れがあります。そればかりか、この町で仕事をする人たちが、行政と敵対してしまうことも考えられました」
アジアと欧米を分けた要因
夜の街で働く人たちと信頼関係を築きながら、感染対策や積極的な検査に協力してもらい、早期検知・早期対応につなげれば感染規模は抑えられる。コロナ分科会の下に「大都市の歓楽街における感染拡大防止対策ワーキンググループ」(座長・今村顕史都立駒込病院感染症センター長)が置かれ、事業者団体、行政の担当者とともに押谷教授らも参加して、話し合いが行われており、今月末には結論を出すという。
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インタビュー全文は、「文藝春秋」11月号及び「文藝春秋 電子版」に「感染症に『強い社会』『弱い社会』」と題したインタビュー手記として掲載されている。
「最大の危機」だった3月から4月にかけての医療現場での集団感染で何が起きていたか、なぜアジアは感染が少なくて済み、欧州や米国はそうならなかったのか。そして日本は今後、どのようにして「感染症に強い社会」を目指したらいいのか――について触れつつ、この8カ月あまりの感染症対策を語り尽くした。
押谷教授の言葉を手がかりに、どのような生活スタイルを選び取るか。それは専門家ではなく、私たちに委ねられている。
感染症に「強い社会」「弱い社会」 第2波の教訓