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2020/10/30

source : 文藝春秋 2015年1月号

genre : ニュース, 社会, 映画

 家族ではなく社長が拉致されたことや、脅迫状に社長の運転手名が書かれていたこと、本社への放火などから、当時はグリコ内部犯行説が有力でした。彼らも、私の取材先が犯人グループの周辺にいる人物なのでは、と睨んでいたのでしょう。それにしても、記者に尾行がつくなど後にも先にもこの時だけでした。

 捜査当局がマスコミに対して徹底的に「保秘」の壁を築いたこともこの事件の特徴です。

グリコ・森永事件の「キツネ目男」、かいじん21面相の「挑戦状」を載せた大阪府警の捜査協力を呼びかけるチラシ(大阪) ©時事通信社

 6月末、「グリコゆるしたる」と犯人からの犯行終結宣言がマスコミに届いた時は、当局から「今日は休戦にしましょう」と担当記者がボーリングに誘われた。ところが、その間、犯人グループの矛先はすでに丸大食品に向けられていたのです。マスコミはしばらくの間、この動きを一切掴めていませんでした。

森永スクープを当局は「あれは便乗犯」「毎日さんの誤報」

 私が一課担当に復帰した9月、今度は森永製菓が脅されたことを毎日新聞がスクープします。恐喝された企業としては3社目なのに、「グリコ・森永事件」と呼ばれるのはこのためです。森永スクープについても、当局は「あれは便乗犯」「毎日さんの誤報」と言っていた。記事が正確だったことは犯人グループからの挑戦状で証明されるほどでした。

写真はイメージ ©iStock.com

 捜査当局はマスコミ相手だけではなく、内部でも徹底した「保秘」を貫いていました。事件取材では、現場の捜査員と信頼関係を築く中で情報を聞き出すのが基本です。ところが、夜回りに行っても、多くの捜査員が「新聞を見て初めて事件全体の動きが分かる」とボヤいていた。別の班がやっていることはもとより、自分がやっている捜査が何を意味しているのかさえ、知らされていなかったのです。

 その背景には、グリ森が「広域重要指定事件」に指定され、途中から警察庁が指揮を執ったことがあると思います。彼らは情報を内部でも統制する公安的手法で、犯人グループの一網打尽を狙っていました。