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2020/10/30

source : 文藝春秋 2015年1月号

genre : ニュース, 社会, 映画

7人の刑事は生涯、キツネ目の顔を忘れることはできない

 殺人事件や誘拐事件を扱う捜査一課では、たいてい大規模な捜査会議を行なって、情報共有を行なうものです。その上で関係者や物証を丹念に調べて行く。しかし、そうした捜査会議はほとんど開かれていなかった。事件全体が見えていたのは、捜査一課長とごく限られた捜査幹部だけでした。

 7人の刑事が国鉄車両内で「キツネ目の男」を目撃した時も、彼らは“刑事の勘”で明らかに怪しいと踏んでいました。ここで職務質問をかけて、新たな情報から事件解決に繋げるという自信もあったはずです。しかし、一網打尽を狙う警察庁の方針は職質を許しませんでした。7人の刑事は生涯、キツネ目の顔を忘れることはできないでしょう。

 発生から1年半近くが経過した1985年8月12日、犯人グループから「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」との終息宣言が送りつけられました。その日、日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落し、報道も一転、墜落事故一色となります。

「どくいりきけん」のシールが貼られた「ハイチュウソフトキャンデー」(大阪) ©時事通信社

 当局は最後まで保秘を貫き通しましたが、退職した当時の捜査一課長と会う機会がありました。彼は「徹底して保秘したけど、警察が握っていた情報は最終的にすべて書かれました」と言っていた。

 しかし、我々記者には、達成感などありませんでした。残っているのは、徒労感と敗北感にも似た思いです。犯人像については数多くの指摘がありましたが、動機も、犯人グループの人数も分からない。子どもの声まで公開され、「近所のあの子では?」という情報が幾つも寄せられましたが、最後まで特定できなかった。あれだけの時間とエネルギーを投入しても、何も解決しなかったのです。

 グリ森は2000年に公訴時効を迎えましたが、新聞記者には時効はない。今もどこかで暮らしているはずの「かい人21面相」にはそのことを伝えたいと思います。

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