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2020/10/24

 独学を貫いたことが影響したのか、頭角を現したクールベは他の画家にない際立った特徴を持つに至った。自分の見たものしか描かない、という方針を貫いたのだ。

 現代の我々からすれば、取り立てて特別なことにも思えないが、当時は絵といえば、文字通り絵空事を描くほうが普通だった。絵画とは何らかの目的を実現するためのものだったのだ。

 たとえば、神の偉容を称えその加護に感謝するとか。為政者の統治を賞賛するとか。神話的ストーリーの一場面をわかりやすく伝えるとか。雄大かつ理想的な自然の情景からロマンチックな気分を醸成するとか。

クールベ《エトルタ海岸、夕日》 新潟県立近代美術館・万代島美術館蔵

 そうした目的を十全に達するため、画面は見えるがままの現実から離れ、架空のものを描いたり、見えているものを都合よく組み合わせたり、あれこれ創意工夫をしていた。

 それはそれで想像力の賜物ともいえるが、クールベはそうした絵画の常識など意に介さず、独自路線を歩んだ。「ありのまま描く」ことを信条として、決して揺るがなかった。

「俺は天使など描かない。そんなものは見たことがないからだ」

 とは、彼が言ったとされる有名な言葉である。

レアリスム(写実主義)の生みの親

 クールベは自身の考えを、みずから「レアリスム」と名付け喧伝した。日本語でいえば写実主義である。

 個展を開き、パンフレットも書いた。そこには、

「自分自身をモノサシとして、時代の風俗、思想を絵画のかたちに翻訳して、生きた芸術をつくり出す」

 といった旨が高らかに宣言されていた。

 既存の「絵画とはかくあるべし」という概念を、ぶち壊しにかかったわけだ。

 そうしてクールベは絵画を通して、個人とその自由を謳い上げたのだった。