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「こんなに細かい絵にしなきゃよかった」と後悔することも……和田誠さんが明かした「週刊文春」表紙の秘話

和田誠(イラストレーター)×田中健五(「週刊文春」元編集長)対談

source : 本の話

genre : エンタメ, アート, 読書

 過去の作品のアンコール企画で、現在も「週刊文春」の表紙を飾り続けている和田誠さんが逝去されて1年が経った2020年10月7日、和田さんが描いた「週刊文春」の表紙をすべて収録した画集『表紙はうたう 完全版 和田誠・「週刊文春」のカヴァー・イラストレーション』(2008年刊行の画集『表紙はうたう』の増補版)が出版されました。その刊行にあたって、和田誠さんと1977年に表紙絵を和田さんに依頼した田中健五・「週刊文春」元編集長との秘話満載の対談をお届けします(初出:「本の話」2008年11月号 ※日付、肩書、年齢などは掲載時のまま)

和田誠さん ©文藝春秋

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当時の週刊誌の表紙にはドラマがなかった

田中 僕が編集長になって、和田さんに表紙をお願いしたのは、雑誌の雰囲気をガラッと変えたかったからなんです。あの頃、週刊誌全体の部数が落ち気味だったし、女優さんの写真を使った表紙が多くて、どれも似てましたから。「週刊文春」も最初は秋山庄太郎さん、その次は立木義浩さんが撮影した女優さんの表紙で、もちろん悪くはないんだけど、なんとなくドラマがなかったんですよ。

和田 表紙を担当すると同時に、雑誌のロゴも僕が新しくデザインさせてもらいました。伝統的なロゴだから変えないでくれと言われるのが普通かもしれないけど、田中さんが変えさせてくれて。目立とうと思って斬新なロゴに変えたがるデザイナーもいるけど、そうではなくて“オーソドックスだけど新しい”というロゴにしたかったんです。そうじゃないと、またすぐ変えたくなっちゃうから。

田中 和田さんに替わるとき、こっちの勘違いで表紙のストックがなくなってしまって、1号空いちゃったんです。それで苦しまぎれに白紙の表紙にして「来週から表紙が変わります。」と書いた。

和田 僕からも間を少し空けてほしいとお願いしたかもしれない。立木義浩を僕はタッちゃんと呼ぶ友だちだから。いきなり変わって彼の仕事を取ったような印象になるのは嫌だなと(笑)。彼はそんなこと思うような人じゃないですけどね。

 
 

夕刊フジ、日刊スポーツで記事に――「白い表紙」の反響

――白い表紙の号の「編集長からのメッセージ」に「まっ白にするかまっ黒にするかはちょっと考えました」と田中さんが書かれていました。その次の週には、「先週の白表紙は大いに反響あり、でした。夕刊フジ、日刊スポーツで記事になりました」とも書いてありました。

和田 白にしてよかったですね。表紙に絵を使うというのは、「週刊新潮」の谷内六郎さんのほうが先にあったわけですけど、写真で続けていたものを絵に変えるのは大英断だったと思います。社内で反対はなかったんですか?

田中 文藝春秋は自由主義で自己責任の現場ですから、そのころから編集長独裁みたいな感じがあったんですよ(笑)。でも、和田さんが立木さんに気を使われたように、僕も前任の編集長……いま高名な半藤一利さんですが……には気を使いました。半藤さん、その節はごめんなさい(笑)。

和田 週刊誌のほうがフットワークが軽いから、変えることができたんですね。