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ちなみに、黒色の素となる鉄も、日本古来のすばらしい素材。
漆の黒色は、透漆(すきうるし。採取した生漆を乳化してから、余分な水分を取り除いて精製漆にしたもの)を精製する段階で鉄分を混ぜ、鉄と漆に含まれるウルシオールの化学反応によって、漆そのものを変化させることで生み出されています。深く光沢のある漆黒は、海外からも評価される、漆だけでしか表現できない色です。
職人に守られ文化に
毎年の工事を担当しているのは、地元の漆職人の碇屋公章さん。昭和の解体修理の際、先代の碇屋儀一さんが請負ったものの、材料費を考えれば儲けはなく、どちらかというと善意での参画だったようです。
儀一さんはひとりですべての壁面を塗り直した後、なんとその後の約10年間は自腹で修復をしていたそう。前述のように、漆は1年も経てば傷みが目立ちはじめます。日々傷みを増し汚れていく松本城天守群の姿を、儀一さんは職人として放っておけなかったようです。
全国唯一の漆黒の天守は、職人の心意気と誇りによって伝統となり、日本の宝となった歴史があります。
撮影=萩原さちこ
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松本城をめぐる旅の模様は、「文藝春秋」11月号の連載「一城一食」に掲載しています。
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