“伝書鳩”になれば一線を越えることに
たしかにペナントレースが終わって秋のポストシーズンに突入した今、各球団は翌年の戦力をそろえていく時期である。
ただし日本一をめざす西武にとってみれば、CSというシーズンの中で極めて大事な短期決戦を戦っているタイミングだ。あくまで外部の観察者である記者が、選手に雑念を持たせるような話を振れるはずがない。
個人の去就問題という、人生の岐路になるような重要な話を一介のフリーライターにすぎない私が選手に対しておこなえば、さまざまな意味で一線を越えることになる。もしここで
“伝書鳩”になれば、その行為が意味するのは「タンパリングに加担する」ということ以外にない——。
直訳すれば「改竄(かいざん)」や「勝手な変更」を意味するタンパリング(tampering)は、プロ野球の世界では「事前交渉」として禁止されている。一二球団は所属選手に対して保留権を有しており、FAや自由契約となる前に他球団が獲得に動いてはならない。日本プロフェッショナル野球協約の第七三条「保留を侵す球団」でそのように規定されている。国内に限定した話ではなく、メジャーリーグ(MLB)球団の契約下にある選手にも事前交渉は禁じられている。
タンパリングはどの団体でも固く禁じられている行為
フェアネスの精神が重んじられるスポーツの世界で、タンパリングは当該組織の成立前提を根底から揺るがす事態を引き起こしかねない。どの団体でも固く禁じられている行為だ。
一方で1990年代から携帯電話が普及して以降、人と人がコンタクトをとるのは劇的に容易になった。電波上での事前交渉を取り締まるのは極めて難しい。
だからこそアメリカのNBAは2019年9月、タンパリングへの罰則強化を決めた。罰金額は最大1000万ドル、ドラフト指名権の剥奪なども規定されている。『Number』(987号)の記事「NBAがタンパリングの罰則を強化。公平性を保つ文化であるために。」によると、「毎年5チームへの抜き打ち監査をおこない、関係者の携帯を調べる権限もコミッショナーに与えた」という。
ひるがえって日本のプロ野球では、先の私の例のように、タンパリングをほのめかす球界関係者が無数にいる。にもかかわらず、日本野球機構(NPB)は有効な対策を何も打てていない。
その結果、チームのために長年貢献してきた選手と、無償の愛を注ぐファンが「不幸な関係」に陥る事態が続出している。
近年の例で言えば、2018年オフ、東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍した浅村栄斗(あさむらひでと)とだ。この年、西武のキャプテンとして10年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した浅村は、CSファイナルステージ敗退から15日後、FA権の行使を表明した。