「功労者」は「裏切り者」に変わった
最終的に楽天への入団が発表されるまでに囁(ささや)かれた噂は、西武ファンにも各種メディアを通じて届いた。「東スポweb」の記事「楽天 浅村獲得成功の裏に『情報戦の完勝』」(2018年11月22日付)にあるように、西武時代にチームメイトだった石井一久(いしいかずひさ)がゼネラルマネジャー(GM)を務める楽天は、浅村の交際相手である女性フリーアナウンサーを自社制作の動画メディアでインタビュアーとして起用するなど“外堀”を埋めていった。
一方、浅村は楽天を上回る条件を提示したと報じられるソフトバンクを移籍先に選ばなかったばかりか(楽天が実際に契約した年俸は、報じられている金額=4年総額20億円より高いという話もある)、獲得に手を挙げたオリックス・バファローズには交渉のテーブルにつくことさえ断っている。
こうした一連の動きを報道で知った西武ファンは、浅村と楽天が初めから「話ができていたのでは」と勘ぐり、10年ぶり優勝の「功労者」は「裏切り者」に変わったのである。
抑え切れなくなった鬱憤や憤りなどをツイッターやブログに投稿する西武ファンを見ていて、NPBのFA制度は機能不全を起こしてはいないかという疑問を強く持った。
あれほどファンに愛されていた選手が突如、「憎悪の対象」に変わる。スポーツの世界では古今東西、ライバルチームに移籍した選手をファンが嫌うようになるのは決して珍しいことではない。しかし日本のプロ野球におけるFAは、他の競技の移籍とは少々異なる意味合いをはらんでいるのも事実だ。ドラフトで指名されて入団したチームに長年尽くし、その功績としてようやく手にした、自分の意思で自由に所属先を選択できる権利がFAなのである。
転職してキャリアアップをめざすのは今や普通の話なのに
世の中の物事は左から見るか、右から見るかで大きく変わって映る。
FA権を取得した選手からすると、決して長くない現役生活で少しでも多く稼ぐため、金額や複数年契約などの好条件を求めるのは当然だ。新天地で自分の力を試したいと思うのも、己の腕一本で食べているアスリートなら不思議な話ではない。
一般社会のビジネスパーソンにとっても、転職してキャリアアップをめざすのは今や普通の話だ。野球ファンのなかにも、そうやってキャリアを築いている人が一定数いるだろう。ならば、選手がそうやって自らの価値を高めようとすることを、少なくとも頭では理解できるはずだ。
しかし同時に、好きで応援してきた選手には、愛する我がチームにずっと在籍してほしいと願うのがファン心理である。人々がスポーツに注ぐ愛情は、決してビジネスライクでは片付けることができない。
だからこそ、思うのだ。そもそも選手にFAを「宣言」させる制度のあり方こそ、選手とファンを「不幸な関係」に変える、諸悪の根源なのではないだろうかと。