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ノーベル賞受賞者は未だゼロ なぜ「東大医学部」から“本当の天才”は出てこないのか?

和田秀樹×鳥集徹 『東大医学部』対談 #2

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鳥集 かつて、東京帝国大学医学部の時代には、全国の医学校に指導者を送り出し、明治政府が採用したドイツ医学を全国に普及させるという使命がありました。しかし、現代ではその威光は通じません。他大学の医学部が自前で教授レベルの医師を養成できる実力をつけたからです。その結果、東大医学部を出ても大学教授になれる人は年々少なくなっています。それだけに、あらためて東大医学部の使命をはっきりさせるべきだと思うんです。臨床で一番を取りたいのか、研究で一番を取りたいのか。

和田 よく臨床軽視・研究重視と世間では言うのですが、東大医学部はちっとも研究重視ではないですよ。もし研究重視だったら、もっとぶっ飛んだ人をもっと入れないといけない。実は、東大理Ⅲは2018年度の入試から面接を復活させました。その理由は、「このままだと頭はいいが、医師に向かないタイプの人ばかり入って来る」ということだったんです。

 でも私は、入試面接は反対で、医師国家試験こそ面接を課すべきだと思っています。医師に向かないタイプの人がいても、臨床に出さなければいい。むしろそうした人がいないと、ぶっ飛んだ研究をする優れた研究者なんて、出てこないです。

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“変な学生”こそ東大医学部に必要だ!

鳥集 それまでバラバラだった医学部の教育内容に一定のガイドラインを示すため、文部科学省は01年に「医学教育モデル・コア・カリキュラム」を公表しました。その結果、日本の医学部は「よき臨床医」を育てることが大きな目標となりました。東大医学部も例外ではなく、医学部はよき臨床医を育てる「職業訓練校」になったんです。それは、患者にとってはいいことだったと思います。ただし、「医学研究者を育てる」という面では、問題があるかもしれませんね。

和田 「よき臨床医を育てないといけない」というのは強迫観念であって、もし東大医学部が日本の医学研究を背負って立つというなら、変な学生が入ったほうがいいわけです。実は、日本の医学部の入試面接とハーバード・ユニバーシティの面接の一番の違いは、ハーバードは教授に面接をさせないことなんです。教授に面接させると、教授に忖度しそうな学生ばかり取るから。むしろハーバードのアドミッションオフィス(入試事務局)は、教授とケンカしそうな若者を選ぶ。

©iStock.com

鳥集 それに、東大医学部の医師国家試験の合格率は、他大学に比べて決して高くありません。入試の段階では圧倒的に学力が上なのに、6年後には全国82の医学部の中で、真ん中くらいの成績になってしまう。なかには東大医学部を出たのに医師国家試験に何回も落ちて、ずっと国試浪人している人もいます。

和田 そもそも、東大理Ⅲに入った学生は、全員医学部に行くべきという前提がおかしい。その世代で上から100番以内に入れるような英才たちを、医学部が独占するのが間違いなんです。経済学部に行って起業してもいいし、理学部や工学部ですごい研究をしてもいい。「君、日本の経済を動かしてみないか」「君はこっちにきたら、ノーベル物理学賞獲れるかもしれんぞ」とか言って、経済学部や理学部の先生が、理Ⅲにスカウトに来たらいいんです。

 理Ⅲに入った学生がいろんな学問に興味を持って、医学部への歩留まりが5割くらいになったら、医学部の教授たちだって焦ると思いますよ。そういう危機意識を持たせたほうがいいのに、「理Ⅲに入ったのに医学部に来ない学生がいる、税金の無駄遣いだ」って言う人がいる。

鳥集 医師国家試験の合格率が50%になったとしても、受かった50%はすごい臨床医になればいいし、残りの50%は違うことをしてもいいということですね。それは大賛成です。

#3に続く

東大医学部

和田 秀樹 ,鳥集 徹

ブックマン社

2020年9月16日 発売

ノーベル賞受賞者は未だゼロ なぜ「東大医学部」から“本当の天才”は出てこないのか?

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