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「変えないといけない、何かを」自分の“弱さ”と向き合った梶谷隆幸、32歳の進化

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/11/07

「抗ってるよ。抗って抗って、今のやり方に行き着いた」

 抗う――。

 まさか、カジからこんなにも高度な日本語が出てくるとは、思っても見なかった。

「それは、自分のいい所を消してしまうかもしれない。でも、この2年成績を残せていない。“今年こそ”って、もう何回言ってんだって。何かを変える必要があった。でも、それは簡単なことじゃなかった」

 例年と同じようにシーズンに臨めば、同じような結果になる。ここ2年間の出場試合数は、ともに41試合ずつ。今年もこの調子であれば、いよいよ引退へのカウントダウンは始まるだろう。徳俵に足のかかったカジは、バッティングに対する考え方を変えた。いや、正確にいうと、考え方を変えることへの“覚悟”を決めた。

「三振が多い、追い込まれたら並以下のバッターになる、って言われているのはもちろん知ってたし、自覚もあった。それを解消するために、逆方向へのバッティングっていうのは実は去年からやってた。でも、それを続ける勇気って、なかなか出ないんよ。ホームラン出なくなったらどうする? それ続けてて、結果が出なかったらどうする? もし結果出なかったら、もう後ないやん。だから、去年も意識はしてたけど、結構ブレることがあった。でも、今年はもうやるしかなかった。根気強くやっていくしか、道はなかった」

 根気強く。梶谷隆幸という男を表現する時に、もっとも相応しくない言葉である。「1秒前は過去」と、三振しようがエラーをしようが全く気にも留めないのは、18歳から変わらない。むしろ、「三振だって同じアウトなんやから、粘る“姿勢”なんか見せる意味ないやろ」と、世の中の評価に迎合することはなかった。しかし、気がつけば32歳。14年もこの世界で野球をやっていれば、見えることも増えてくる。

「客観的に自分を見ると、使いづらい選手やなって思うんよ。率を残せないし、シーズンを通して結果を出せない。ホームラン打てたり、ちょっと走れたり、意外性は確かにあると思う。でも、それを何年続けてるの?って思ってね。変えないといけない、何かを。というか、何を変えなきゃいけないかは、分かってる。だから、『変える』ってことを“続け“ないといけない」

梶谷隆幸

勝負は、1月から始まっていた

 1月、都内の施設で自主トレに励むカジの元を訪れた。誰とも組まず1人でやっていると聞いたので、バッティングピッチャーくらいいないと練習にならないだろうと思い、手伝いに行ったのだ。その時点で、すでに今季の方針は固まっていた。

「強いショートゴロを打つ。ベース盤の上に向かって、バットを振り下ろす。逆方向に打つけど、スライスする打球を打たない」

 黙々と、ひたすら呪文のように唱えながら、打ち続ける。次々とネットに突き刺さっていくその打球は、今季の活躍を予見させるような力強さがあった。「カジ、いいじゃん!」とこちらが一方的に盛り上がっても、「まぁ、これがどうなるか、これを続けられるか」と、表情ひとつ変えなかった。

 カジは、知っていた。このやり方を続けることが、いかに苦しい道のりになるのかということを。年齢的に考えれば、モデルチェンジに失敗すれば引退は免れない。つまり、このやり方と心中するのは大きな賭けである。長所であるホームランを捨てて、魅力は失わないのか。本当に、三振は減るのか。三振が減るだけで、並の選手になるのではないか。葛藤すればするほど、今のやり方に対する疑いが頭をもたげる。そうやって、昨年は続けることができなかった。どこまで我慢できるか。それは、簡単なことではない。

 不安を切り裂くように、打球はネットに突き刺さる。でもあの時、カジは打球を見ていなかった。カジが見ていたのは、「決めたことを、俺はやり抜けるのか?」という自分自身の心。バットを振り下ろすごとにカジは景色に同化し、顔からは感情が消えていく。それは、覚悟なんてもんじゃない。その先に明るい未来があるかどうかも分からない。真っ暗闇の中で、ただひたすら、恐れと、不安と、弱さと向き合っていた。