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「変えないといけない、何かを」自分の“弱さ”と向き合った梶谷隆幸、32歳の進化

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/11/07
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葛藤から確信へ

「開幕してすぐ、中日戦で逆方向にホームランが2本でた。あれは、自分の中でかなり力になった。やってきたことへの確信というか、道が間違ってないって思えた」

 新型コロナウィルスの影響でシーズンの開幕が3ヶ月もずれ込んだ今季。その中でも集中力を切らさず、そして放った2本のホームランは、葛藤の渦の中から、カジを救い出した。

「打率が一旦.270くらいまで下がって、その辺りをウロウロしてたけど、打つことに関しての不安や迷いっていうのは一切なかった。今年、ホームランは10本どころか5本も出ないだろうって思ってたけど、思ったよりも出てる。練習では、レフト前にしか打ってないのに。少なくとも、やってることは間違ってない。そういう自信があった」

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 9月の1ヶ月で放った42本のヒットは、球団新記録となった。1本のヒットに一喜一憂することは、もうほとんどない。それは、常に己と向き合い続けた賜物である。

 10月23日の広島戦。5回裏無死満塁の打席で、カウント3−2からレフト前に先制タイムリーヒットを放った。打球はスライスすることなく、真っ直ぐにレフトに飛んでいく。まさに1月に見た、あの打球だった。

「あの打席、どこにボールが来てもあの打球を打つことだけを考えてた。あれか、フォアボール。この二つにひとつしかない。そんな打席だった」

 打球もさることながら、選択肢の中に“フォアボール”が入っていることこそ、最も大きな成長と言っていい。打席の中での考え方も、明らかに進化している。

「逆方向だけを狙って、カウントがいい時だけは引っ張ってもいいかな、っていう感じ。あとはカウントが深くなれば勝手にフォアボールになる。そうすると、あぁ、中日の大島(洋平)さんって、いつもこんな感じで打席に立ってるんやろなぁって思ってさ。そりゃ毎年、あんだけ率残るわな」

 苦しんで、抗って、我慢の先に辿り着いた境地。14年目にして、別の次元への進化を果たした。

逆境を力に

「正直、ビックリしている自分もいるよ」

 そう語るカジの声が、妙に大人びていた。やろうとしていることをやり通せている自分への信頼が増しているようにも聞こえる。しかし、それだけではない。守るべき家族が増えたことも、カジの心を支える大きな力になっている。

「嫁の存在は、めちゃくちゃ大きい。俺って、かなり窮地に立たされて力出るところあると思うんよ。ベースカバー忘れて2軍落ちてから、2ヶ月でホームラン16本打ったし。それで言うと、嫁は『大丈夫だよ』とか言ってくれるタイプじゃなくてさ(笑)。結構厳しいというか、発破かけられるのね。だから、やんなきゃ!ってなりやすい。子どもも生まれて、カッコいいところ見せなきゃいけないし。とにかく、今年は家にいることが増えたおかげで、嫁にもずいぶん支えられたと思う」

「嫁のこと、いい風に書いてよ!」と言われたが、ありのまま書くことにしよう。大丈夫、カジ。オマエは逆境に強い。もし怒られたとしても、それで打率が伸びたら儲けもんだ。ただ、俺まで怒られそうな気がしてきたから、そこはちゃんとフォローしておいてくれよな。俺は逆境に弱いんだ。

 14年目でも、人は進化することができる。そういうドラマを見せてもらえただけでも、あぁ、今年もプロ野球があってよかったなって思える。今年は、あと何本カジのヒットを見られるだろうか。

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