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「東電関係者は絶対イヤ」

 原発作業員を嫌がるソープ嬢も指名した。彼女は店が再開してからずっと、「なにかあればいつでも店を飛び出せるよう鞄を部屋に置いている」と笑った。3月11日の大震災時は昼間だったのでスーパーで買い物中だったが、4月11日夕方、大規模な余震が発生していわき市内一帯が停電となった時は接客中だったそうだ。

「長い揺れが続き、5分も経たずに電気が消えたんだ。パニックになっちゃってもう条件反射で逃げたっぺね。裸足のまま荷物を抱え、一目散だ。申し訳ないけどお客さんに気遣ってる余裕なんてなかった。ボーイさんがきちんと誘導したみたいだけど、私、完全無視ですもん。さすがに店には怒られました。でも関係ねぇかんね。人間、生きる死ぬってときは。車に飛び乗って真っ直ぐバイパスに向かったけどすっごい渋滞で、おまけに大雨が降っててさぁ。偶然、すぐ近くに雷が落ちたんだっぺ。バチバチって音と火花が散って、電線が切れちゃって、すごく怖かった。思い出すんだ。あの時を。作業員の人に恨みなんかない。頑張ってくれてるのも分かってる。でも東電関係者は絶対イヤ」

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 彼女のように原発作業員を嫌がるソープ嬢は少数派だ。たいていの女性は客が暴力団でも、警察官でも、原発作業員でも気にしない。

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 最後に指名した女性とは酒盛りになった。ビールは店がサービスしてくれた。

「おっかねぇとか怖いとか、あと、会社への文句とか、密室でなら、なにを言っても他人に聞かれないで済むかんね。気が楽なんじゃないの? プレイ時間中、ずっとおしゃべりしてる作業員の人もいたっぺ。自分で酒とつまみを持ち込んだりする客もいる。さっきもここ居酒屋みたいになってたんだ(笑)。そうだ、前のお客さんが置いていったキュウリの漬け物あるよ。私、キュウリ食べないんだ。よかったらどうぞ」

 彼女は自分が作業員のカウンセラー的存在になっていることを自覚していなかった。が、ソープ嬢は紛れもなく原発作業員にとって強力な後方支援部隊だ。キュウリの漬け物は浅漬けの割に辛く、肉体労働者向けの濃い味だった。会計は総額1万5000円。キュウリの分、1000円チップを置いた。

 東京電力の社員の姿も何度か見かけた。たまたまだろうが、必ず協力社員と一緒で、私が見た限り、勘定は下請け会社が出していた。

ヤクザと原発 福島第一潜入記 (文春文庫)

鈴木 智彦

文藝春秋

2014年6月10日 発売