ピーター・ピオット博士は世界的な感染症学者として知られ、1976年、ザイールでエボラウイルスを共同発見したことから、「エボラの父」と呼ばれることもある。また、HIVウイルスについての研究でも先駆的な役割を果たし、1995年には国連合同エイズ計画(UNAIDS)の初代事務局長に就任した。
現在はロンドン大学衛生・熱帯医学大学院学長を務めている。
「このまま天国に行くことになるかも」
ピオット博士が自身の感染体験を振り返る。
「4月1日にロンドンにあるロイヤル・フリー病院に入院しました。病院に行く途中、友人たちに『これからどうなるかわからないが、病院に直行する。集中治療室に入れられるかもしれない。集中治療室での死亡率は高いから、どうなるか神のみぞ知るだ』とメールをしました。
幸い、集中治療室ではなく、緊急治療室に入院することになりました。持って行ったのは、パジャマとiPhone、iPad、それと少しの本だけ。部屋には他に3人の男性が入院していましたが、お互いに話す元気もなく、1週間、酸素マスクをつけて、ただただ天井を見つめて過ごしました。もちろん見舞い客は1人も許されません。
正直、最後は人工呼吸器をつけられてしまうかもしれない、このまま天国に行くことになるかもしれないという最悪のケースが頭をよぎりました」
1週間で退院できたが……
幸運なことにピオット博士は回復し、1週間後、退院することができた。
「病院はタクシーを用意すると言ってくれましたが、私はゆっくり空を見て帰りたかったので、電車に乗って家に向かうことにしました。退院したとき、ロンドンはロックダウンしていたので電車には3人くらいしか乗っていませんでした。
久しぶりに空を見たときは本当に感動しました。私は町の空気を胸いっぱい吸い、緑色の葉をつけた木々を見あげました。そのときの解放感は今でも忘れられません。ようやく家に着き、妻のハイディに会ったときは感情がぐっとこみあげて涙が止まりませんでした。彼女は本当に辛かったと思います。私が病院でどういう状態であるかまったくわからなかったのですから」
しかし、帰宅後、博士は後遺症に苦しむことになる。