ここが私の嫁ぎ先なの? 日本なの?
〈私は彼について(空港)ロビーから出ました。
彼は私の荷物を車のトランクに積んでくれましたが、その車はピカピカの高級車ではありませんでした。
想像と現実にはいつも違いがあるものです。現実に異国他郷を目にした私の心は、いい知れぬ不安に苛まれていました。隣に座るよく知らない男性(茂さん)は、ほとんど口をきいてくれず、それが一層私を不安にしました。その時、私の人生の道には霞がかかっていて、先がはっきりみえないように思えました。
空港から茂さんの家に向かうにつれ、だんだん繁華街や高層ビルが遠のいていきます。景色は田畑に変わり、やがて、山の中に入っていきます。道は狭くでこぼこでカーブも多くなってきました。
彼は私をどこに連れていくつもりでしょう。
こっそり、彼を見ると、顔が赤みを増し、少し興奮しているように思えました。この人に付いて行って本当に大丈夫なの? そんな疑問もチラリと胸を横切りました。車はくねくねした道を上り下りして、最後に山の中の村落に入り、乱雑になっている洞穴のような印象のところで、ようやく止まりました。
ここが私の嫁ぎ先なの? 日本なの? こんなところ、雉や野うさぎ、化け狐だって躊躇するでしょう。私たち2人とも間違えているんじゃないの。彼は自分の嫁を間違え、私は間違えた人に付いてきたのではないでしょうか? だったらまだ大丈夫、まだ一夜も過ごしていないから私たちの間に間違いは起こっていません。
私は頭がクラクラしました。もしかして夢の中ではないだろうかと思ったりもしました。あるいは私は飛行機を間違えて、ほかの場所に着いてしまったのでしょうか。私は自問しました。ここは本当に日本なの? その時の私は、まるで誘拐されたような心境だったのです。〉
詩織の失望をよそに、日本での暮らしがはじまった。
〈あー引き戸です。畳です。まあまあ日本式ですね。この見知らぬ土地に来て、好奇心と緊張感があり、また不安でびくびくしていました。
私が部屋を見回していると、彼(茂さん)が手を伸ばしスカートを引っ張りました。私は、それを素早くかわしました。私は腕時計を指差し、お腹がすいた格好をしました。彼も私の言いたいことが分かってくれました。外で食事をしようと手振りでいいました。
私は片言の日本語で、こう反論しました。
「最初の食事はあなたの両親と食べるべきだと思います。それでこそ老人を敬愛し尊重することです」
彼も私の言うことを理解してくれて家で夕食を食べることになりました。その後、ママ(茂さんの母親)が部屋から出てきて、挨拶してくれたのは覚えていますが、パパがどうしたかは何も覚えていません。