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「千葉県光町は中国の私の故郷より田舎でした」 中国人女性を夫殺しに走らせた“絶望”

『中国人「毒婦」の告白』#4

2020/11/19
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 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。

◆◆◆

肉まんを作るセイロを買いに

〈12月27日、退社時間が来ました。

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 職場の2階の更衣室に行って作業着を着替え階下に降りました。自転車を押しながら工場の門を出ると、そこにはもう茂さんの車が停まっていて私がくるのを待っていました。彼は自転車を車に積んで、私を旭市の友人が営んでいる商店へ連れていきました。

※写真はイメージ ©️iStock.com

 前日、私は彼にセイロが欲しいと言ったのです。病院を退院したばかりで身体が弱っているパパと、そのパパにずっと付き添って疲れ果てているママに肉まんを作ってあげたいと思っていたからです。

 セイロを買って家に帰ったときには、もう辺りは真っ暗でした。私は手に小さなセイロと弁当箱が入った袋を下げて車からおり、ママのいる部屋に直行しました。〉

 鈴木一家は両親が、藁葺屋根の古い母屋で寝起きし、若い夫婦は同じ敷地内の別棟に住んでいた。別棟は倉庫を改築したもので、1階が車庫と物置、2階が居間と寝室になっていた。

〈「ママただいま」

「おかえり」

 私はママに声をかけ、部屋にはいりました。

「あら寒かったでしょう」

「うん、寒い」

 私はママに手を伸ばし、ママは私の手をとると、こう言いました。

「あら、冷たいこと。ほらコタツに入って……」

※写真はイメージ ©️iStock.com

 それからママが話した日本語は聞き取れませんでした。だから私はただ「うん、うん」とか「ハイ、ハイ」と相槌を打ちながら、暖かいコタツにもぐりこみました。

「パパ、お腹がすきましたか?ごめんね。買い物をしていたの」

 私は話しながら、買ってきたセイロをもちあげました。

「おいしい肉まんをつくってあげますからパパ、ママ食べてね」

 私は手で自分の顔の前で2回丸い輪を描き、次に自分のお腹がパンパンになったジェスチャーをしてみせました。

「こんなふうになるのよ」

 みんな大きな声をあげて笑いました。