鈴木家最後の晩餐
家族の誰もが私の一挙手一投足に対して、まるで私が大きな子どもであるかのように接してくれていました。特に新しく覚えた日本語を話すと、とりわけパパとママが喜んでくれました。
私は続けてパパにこういいました。
「パパ、元気、元気になるよ」
パパはうれしそうに、にこにこしながらうなずきました。
きょうは帰りが遅くなってしまったので肉まんはできません。それと晩ご飯の支度もできていません。皆、お腹がすいていることでしょう。私は、すぐにできて、おいしい料理は何だろう?そう考えながら、身体が暖まったのでコタツから身を起こし「晩ご飯の支度します」といいました。
するとママは、こう答えました。
「ママがもう準備したわ。パパがね、カレーが食べたいんですって」
ママは病院でパパに付き添って、とても疲れただろうに、私が帰るのが遅かったために食事の支度までさせてしまった。私はとても申し訳なく思い、何度も言いました。
「ごめんね、ママ。ごめん」
「大丈夫ですよ。それよりママはね、アコ(秋子の愛称。後の詩織)にお願いごとがあるの」
そういうと山のような洗濯物を出してきて、
「ママは新しい洗濯機の使い方がわからないのよ。アコ、教えてね。アコは先生ですよ。えらいわ」
私は、それを聞いていてとてもうれしくなり、矢もたてもたまらず洗濯物を抱えてこうママに言いました。
「今、洗います」
するとママは、その洗濯物を引き戻してこう言いました。
「アコ先生がやり方だけ教えてくれたらママが明日洗うわ」
でも私は譲らずに「今洗ってあげる」といい続けました。そんな私にママは言いました。
「夜はね、お洗濯はしないのよ。干せないでしょう。今、外は真っ暗で、寒いし。明日の朝にしましょう。パパもお腹がすいたでしょう」
ママはパパが痩せて小さくなるふりをしました。それを見て家族みんなで笑いました。私は明日の朝早く洗濯することに決めました。ママは言いました。
「ママの作ったカレー○○したよ」
○○の箇所の日本語がまだ未熟な私には聞き取れません。
ママは、キッチンに入りナベをもってきて私に見せました。実はママはカレーにお湯をいれすぎ、不味くなってしまったのではと心配していたのです。私は鼻でクンクンと匂いを嗅いでいいました。
「おいしそうですよ。大丈夫、大丈夫」
私が料理を誉めるとママも嬉しそうににっこりしました。
「それなら良かった。じゃあ食べましょうか」
私はカレー用の皿をもってきて、ご飯とカレーを盛り付けました。そしてこたつを囲み、たまたま来ていた茂さんの弟さんも一緒になって家族5人テレビを見ながらおしゃべりをして夕食をとったのです。
この日、皆で食べた夕食が「鈴木家最後の晩餐」になると、そのときは夢にも思いませんでした。〉