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「そこでは作者の私にさえわからないことが起こる」

 高畠の創作は、さらに進展する。ただ絵具で布を織るだけでは飽き足らなかったのか、今展出品作をつくるにあたって高畠は、キャンバス裏面のそこかしこに強力な磁石を置いた。そうして表面に、マルスブラックという主成分が鉄の絵具で線を引く。するとどうなるか。

 まっすぐな線を引こうとしても、磁力の作用で線は勝手に歪み、揺れ、ときに逆立ってしまう。描く者の与り知らぬ摩訶不思議なかたちが、そこに立ち現れる。世にも珍しい「磁力が描いた絵」の誕生だ。

髙畠依子「MARS」展示ビュー, 2020, シュウゴアーツ
copyright the artist courtesy of ShugoArts/Shigeo MUTO

 それにしても、だ。作者としては、不満が残らないのだろうか? 思いの丈を込めて作者が自由にかたちや色を描ける、そこが絵画のすばらしさだと思うのだけど、そこに磁力などという地球規模の現象を介在させてしまったら、描き手の個性や存在が消えてしまいそうだ。それでは大手を振って「これは自分の作品だ」と言えるのかどうか。

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髙畠依子「MARS」展示ビュー, 2020, シュウゴアーツ
copyright the artist courtesy of ShugoArts/Shigeo MUTO

 そんな疑問への応答を、本人の口から聞くことができた。

「自分の思った通りにならないほうが、いったいどうなるんだろうとワクワクしませんか?

 みずからの手で直線を引いているだけだと、当然ながら先が見えるというか、出来上がりはかなり正確に想像できてしまいますよね。でもそこに自然の力が加われば、こちらの思い通りになんてなってくれないから、作者の私にさえわからないことが起こる。それがおもしろい。

 思えば私は、いつも何か大きな力と対峙しながら制作してきた気がします」

髙畠依子「MARS」展示ビュー, 2020, シュウゴアーツ
copyright the artist courtesy of ShugoArts/Shigeo MUTO

 

 そうたしかに、磁力を用いる以前にも高畠は、風や水、火などと協働して絵を描いてきた経験を持つ。

「自然という他者の力を借りることは、作者としてまったく嫌ではないですし、むしろ自分を成長させてくれる機会としてありがたい。自分の中にないものを認めて、受け入れるところにこそ発見はあって、その驚きによって自分も変われますからね。

 制作時には、現象を否定したり受け入れたりして、トライを繰り返します。絵具という物質とキャンバスの構造を一体のものとするために、自然の力を駆使し、格闘しながら絵画をつくっているんです。自分の思い通りにはならない力と対峙し、絵画になるまで行為を続けることが大事だと考えています」

 

髙畠依子, MARS 2, 2020(部分)
copyright the artist courtesy of ShugoArts/Shigeo MUTO

 高畠の絵画をじっと眺めているとそれが単なるキャンバスではなく、ゴソリどこかからもぎ取ってきた広大な地表の一部なんじゃないか……。そんな気がしてくる。目に見えない大きな力との協働作業があればこそ、高畠作品はかくも壮大なスケール感を獲得しているのだ。