特別にサイズが大きいわけでなく、珍奇なものが描かれているのでもない。
それなのに、やたら眼を惹くアート作品というものがある。いったい何のどこに引きつけられているのか。
山梨県立美術館での「クールベと海 −フランス近代 自然へのまなざし−」は、そんな不思議にきっちり答えを用意してくれる展覧会だ。
「俺は天使など描かない。見たことがないから」
会場に、一枚の絵画がある。小さいサイズの画面いっぱいに、海の波が描かれている。
誰しも実地に、また映像や写真でよく眼にしたことのあるような、白波の立ったすこし激しい波の様子。
描かれているものは何の変哲もないのだけれど、絵の前に立つ者はなぜか、どうにも落ち着かない気分にさせられる。内面がやたら掻き乱されるというか、画中の波と同じように荒れて粟立ってくるのだ。
それはきっと、画中のその場に居合わせたかのような臨場感に包まれるから。鼻面に激しい波が突きつけられて、ちょっとした恐怖すら覚えてしまう。
波を擬人化して感情移入させるとか、演歌の背景映像のように湿っぽいストーリーを含ませて「泣かせ」にかかるといった、目的のために眼前の光景を捻じ曲げて加工したりするところが、この作品にはない。
ある日あるとき、画家の前にこんな光景があった、ただそれだけを余すことなく伝えようとしている絵なのだ。「何も足さない、何も引かない」という潔さ。見たものすべてを描き出してやる、そんな研ぎ澄まされた迫力に満ちている。よく耳にする「リアル」という言葉は、まさにこういうことを指すのだろう。
これを描いたのは、ギュスターヴ・クールベ。19世紀のフランスで活動した画家である。スイスとの国境近くにある小村オルナンに生まれ、長じてパリに出ると独学で画業の腕を磨いた。