かぐや姫が月に帰ったように、大谷もいつかはメジャーに行く

 今週は大谷翔平をめぐる動きがあった。まず、9月12日、札幌ドームの楽天21回戦に先発して、5回2/3を1被安打無失点(78球、4奪三振、3四球)で投げ抜き、今季初勝利を飾っている。最速163キロ。MLBスカウト16球団32人がスピードガン片手に注視する様はネットで「品評会」と呼ばれた。

 明けて13日早朝だ。僕は「日本ハム大谷 今オフ米大リーグへ挑戦」(毎日新聞・荻野公一記者)という配信記事を見てびっくりして起きてしまう。朝の5時55分配信だ。「大谷 今オフのメジャー移籍決断 あるぞ全30球団争奪戦」(スポニチ、6時10分配信)が続いた。うわ、これは系列の毎日・スポニチが特ダネをものにしたのか。とにかくヤカンを火にかけコーヒーを淹れることにした。が、沸騰するまでに、あれっと思う。これ、本当にスクープだろうか。他紙に先駆けて「今オフ挑戦」「移籍決断」と打ってるからスクープに見える。実際、調べても他紙に目立った動きはない。が、毎日・スポニチ報道には肝心の大谷コメントがないのだ。

 これ、スクープ風だけどスクープだろうか。コーヒー片手に首をひねる。これが打てたということは大谷サイドから裏が取れたのだろうか。それを今、大谷サイドが洩らす理由は何だろう。ていうか、これが本当にスクープだろうかと思うのは、(ここまでの範囲なら)皆、そう思ってるからだ。うちの81歳になる母は大谷のことを「しょうへいちゃん」と呼ぶ。僕がそれじゃ笑福亭笑瓶だよとツッコんでも、気にせず「しょうへいちゃん、来年は大リーグでしょ?」と言う。そのくらいのもんだ。こう、何というかかぐや姫の物語みたいに誰もが知っている。いつかは月に帰るのだ。それはこのオフっぽくないか。

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12日の楽天戦で今季初白星を手にした大谷翔平 ©文藝春秋

 僕は2017年シーズンの野球コラムの書き手として、この不思議な現象を書いておきたい。大谷翔平というケタ外れの才能が同心円の中心になって、野球シーンのなかに奇妙なさざ波が広がっていく。感触として何が近いかというと『桐島、部活やめるってよ』だ。スクールカーストの中心(もしくは頂点)に桐島がいる。その桐島が中心であることをやめるらしいと噂が立ち、周囲の者がバタバタする話だ。

 大谷翔平は(以前からある意味、そうだが)今年、特に周囲をバタバタさせる存在だった。骨棘によるWBC出場辞退から始まって、春先の別メニュー調整、全力疾走禁止のDH出場、肉離れによる戦線離脱、リハビリ明けまさかの二刀流再開、次第に迫力を増すバッティング、そして調整登板に群がるMLBスカウト……。周囲はとにかく右往左往だ。

 で、面白いのはどういう意図なのかアナウンスはないのだ。なぜ春先に骨棘の手術をしなかった? なぜ全力で走れないのに試合に出した? なぜシーズン後半に調整登板させる? 今シーズン終わったら大リーグへ挑戦するのか? みんなの知りたいことがアナウンスされない。記者も突っ込まない。空気で察している。僕はたぶん今オフのポスティング移籍はマスコミ各社にとって既定路線だと思う。ファンの多くも(寂しい気持ちはあるにせよ)ある程度、織り込んでいると思う。何といってもかぐや姫は月へ帰るのだ。だからこそ面白いと思う。果たして毎日・スポニチは特ダネをものにしたのか。「かぐや姫 月に帰る決断」は本人コメントなしでスクープだろうか。