カギ番号が隠されていたとしても、現物さえあれば、最短で15分程度で合鍵を作成するサービスもある。協力者がいれば、カギを盗み、合鍵を作成し、気付かないうちにカギをバッグに戻す、という芸当すらできた可能性がある。そうなると、捜査はさらに難航しただろう。その意味で、警視庁志村署は岩下容疑者の旧態依然とした手口に助けられたともいえる。
ただ、研究内容はむしろ、時代の先端を行っていたようだ。
「ターゲットとなる顧客のハートを掴む」売れっ子研究者
岩下容疑者はまだ新進の准教授ではあるものの、複数の大学で講座を持つ売れっ子だった。
早稲田大大学院商学研究科で博士課程を修了後、花王、野村総合研究所など民間での経験を経て同大商学学術院の助手に採用。九州大大学院で専任講師を務めた後、神奈川大経済学部の准教授に抜擢されるが、その前後から、日本経済新聞社の日経ビジネススクールや立教大などでも講座を持つなど、全国を飛び回って全国に教え子を育んでいた。
専門はマーケティング。象牙の塔にこもらず、さまざまな業界の最前線の担当者にヒアリングを重ね、現在進行形の商業活動から教訓や理論を導き出し、著書も多数、世に問うてきた。
18年には「医療マーケティングの革新」を有斐閣から共編著として出版。「特殊性が高いとされる医療業界を取り上げた、類書の少ない貴重な研究書」との評価を得るなど、研究の分野でも成果を上げ始めていた。
今年4月には都内のシステム会社のブランディング戦略顧問に就任。「成長の一助となる、正しいマーケティングやブランディングの仕組み作りのお手伝いができればと思います」と意気込みを語ってもいる。
教育に研究、そして実業の面での華々しい成果はしかし、私生活には必ずしも生かせるものではなかったのかもしれない。事件発覚後、神奈川大は岩下容疑者との契約を打ち切った。
「正しいマーケティングやブランディングを行なえば、高い確率で、ターゲットとなる顧客のハートを掴む優れたサービスや製品の開発が可能です」
と戦略顧問就任時には語っていた岩下容疑者。苦労の末に元教え子の下着を手にして、何を思っていたのか。確かなのは、教え子のハートはついに掴むことができなかった、ということだ。