昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/11/24

 障害者福祉の分野で働きたいと思っていたAさんにとって、北岡氏は雲の上の人だった。事実、北岡氏の障害福祉分野における貢献度は業界に関わる者の間では明らかだった。

 Aさんは、北岡氏が情熱を注ぐ障害者等の芸術文化事業に惹かれ、その門を叩いた。北岡氏は非常勤職員だったAさんの仕事ぶりを高く評価し、数年後には海外視察にも同行。2008年11月から北岡氏の右腕を務めるようになる。

 北岡氏がAさんに対してセクハラ、パワハラを繰り返すようになったのはこの2008年頃からだ。Aさんは当時をこう振り返る。

「電話は3コール以内に」「タクシーではおしりの下に手」

「仕事だから飲み会への参加は絶対だ、俺の電話には3コール以内に出ろ、できなかったら、常に電話を首からぶらさげておけと罵倒されました。北岡の指示に従わないと会議に呼ばれなくなったり、無視されたり、意図的に仕事を外されました。組織内における北岡の権力は絶対で、それに刃向かうことなど考えられませんでした」

 パワハラと並行して日常的なセクハラも続いた。

 仕事でタクシーに乗ると、北岡氏はAさんのおしりの下に手を突っ込んで触った。「やめてください」と拒絶すると、北岡はニヤニヤしながらその指を性的に動かす仕草をしてみせた。

 やがて、北岡氏のセクハラは徐々にエスカレートする。

 ある日、業務内容の確認のためにAさんが北岡氏にメールを送ると「ありがとう。好きですからね。きみは?」と書かれた返信が届いた。これをきっかけに、日常的に卑猥な言葉を綴ったセクハラメールが送られてくるようになる。

 実際のメールの文面からは、仕事上の上司と部下という当時の2人の関係性が分かるとともに、Aさんが部下の立場で北岡氏に常に丁寧な言葉使いを保っていることも見て取れる。にもかかわらず、北岡氏は上司という立場を利用して、Aさんのプライベートにまで踏み込んだハラスメントを繰り返した。

北岡氏からAさんへのメール

 北岡氏が好んで送りつけた言葉に「抱き上げる」がある。「こんにちは、抱き上げますけど」「抱き上げ、成功率は、何パーセント」など。これは「抱く=セックスをする」「上げる=成功する」を意味する造語だ。北岡氏は自分が送ったメールに反応がないと、電話をかけてくることもあった。

こういったメールを無視するとさらに連絡が続いたという

「電話したけど、通じない。男」

 例えば、こんなこともあった。その日、Aさんはひどく疲れていて、寝てしまった。翌朝、ケータイの画面を確認すると、北岡から次のようなメールが送られていた。

「電話したけど、通じない。男」

「やっぱり、男」

「ああああ、やっぱり、男」

「全く男」

「パーフェクトに男」

「サイアク」

 前日の23時から始まるこのメールは、日付が変わる午前3時まで続いていた。翌朝、このメールに気がついたAさんは、ゾッとして怖くなったという。

北岡氏からAさんへのメール

 また、同じ頃、北岡氏に仕事場の上司と部下という仕事上の立場を利用して北岡氏に呼び出された。2人きりになるなり、「ハグして」「好きだ」などと言われ、無理矢理キスされた。そして、Aさんはあの日に遭遇する。