1ページ目から読む
3/4ページ目

お金を貰って終わりでいいのだろうか

 夜お店に行って裏のスタッフルームでしばらく考えていた。あの絡んできた奴の顔を思い出すとむかつくが、それよりもその前に震えていた唇の方が印象深く、悔しさはない。

 だけど、お金を貰って終わりでいいのだろうか。

 私は驕っていたのだ。歌舞伎町のホストはみな私のことを知っている。散々イケイケでやってきて他店とも何度も喧嘩をして、メンツを保ってきたという誇りを持っていた。

ADVERTISEMENT

 しかし実際は、どこのホストだかわからないチンピラのような奴に絡まれて、袋叩きにされるようなレベルの舐められた存在だった。

 これで終わりにしてはダメだ。今まで舐められないためにやってきたんだ。あいつらは言うだろう。「手塚を袋にしてやったよ」と。

 そんなことを言われるためにやってきた訳ではない。感情的になってきたが、冷静に考えもした。所詮その程度のホストだったんだ。そんな私が歌舞伎町のナンバーワンになるのに、ここで数百万貰って終わりでいいのか? そんな奴がナンバーワンになれるのか? 私のメンツは上がるのか? いや、確実に下がる。

©iStock.com

 酔っぱらった後輩がスタッフルームにやってきて横になった。そいつにこう聞いてみた。

「今から昨日の店に乗り込もうかと思うんだけど、どう思う?」

「行きましょうよ」

 即答だった。

 スタッフルームにある使い古したおしぼりを両手に巻いて、店を飛び出した。

 営業中の、そいつらの店に向かった。何も計画はない。 

殴り込みを決行

 店のドアを開ける。入り口のキャッシャーにいた人はキョトンとしている。無視して店内に入っていく。初めて入る店だ。古めかしく暗い店だった。営業中の店内を歩く。昨日の奴を探す。すぐに見つけた。私の顔を見てぎょっと驚いて後ずさりするそいつに向かって走り、殴って、掴みかかった。その瞬間一気に周りのホストたちが襲い掛かってきた。後輩がそれを必死に止めるが、かなわない。私は、床に押しつぶされて全身を蹴られまくる。そいつの髪の毛だけを放さない。そいつは逃げようともがく。両手で防御していない身体は、昨日よりも激しい痛みを伴う攻撃を食らい続ける。もみくちゃだ。「キャー」とお客様の声も響く。

 しばらくして、そのお店の店長らしき人が彼らを引きはがす。

 我々はその場にへたり込む。手には大量の髪の毛が絡まっていた。全身が悲鳴を上げていた。店の一角のソファーで待っているように言われた。疲れ果てながらも、ソファーに土足で上り、その上から店全体を見渡すように座った。後輩は私の横のソファーに座って「タバコ吸います?」と私を見上げて差し出してきた。私はタバコを吸った。