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「私の○○に手を出したら許さないからね!」と叫ぶお客様や泣いているお客様もいた。ホストたちは指示が出たのか私には構わず、順次お客様の送り出しをしていた。私は高い位置から見下ろしながら乾いた口から煙を吐いて、眺めていた。うちの店長がやってきた。バカ野郎と頭を叩かれてソファーに座らされた。いつも優しい店長だが当然怒っていた。

 あからさまに怖い方々が数人店に入ってきた。そしてシャッターを閉めた。うちの店長をいきなり殴った。店長は謝った。そしてそこに座れと床を指した。我々は床に正座した。

ケツモチのメンツを潰すとどうなるか

 私の行為は、相手のケツモチのメンツを潰したのだ。和解をうちの店も了承してすでに終わった話をぶち壊したのだ。何よりもメンツを大事にしている方々だ。許す訳がなかった。夜の世界で生きていれば常識だし、その抑止力が、ある意味で歯止めになって、街の均衡は保たれていた。私は夜の世界のルールを破ったのだ。自分のホストとしてのプライドだけを考えて掟を破った自分勝手な奴だった。

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 それなのに私は、とんでもないことをした実感はまだなかった。ある程度の仕打ちを受けるに当然のことをしたと思っていたから冷静でいたが、すぐに足が痺れて、早く終わって欲しいと思った。ちょいちょい殴られたり、脅されたりして時間は過ぎる。私よりも店長への仕打ちが酷かった。横に座っている店長は謝り続けていた。冷静に脅す年配の人、大げさに威嚇する若い人、役割分担がわかりやすかった。

目から落ちる大量の血の塊

「コンクリ用意しとけよ」なんて映画の中のセリフだと思っていた。すべてが映画のワンシーンのようだった。私の中にはまだ客観的な自分がいた。このときまでは。

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 冷静に脅すやくざの白い革靴が振り子の先端のように店長の顔めがけて小さい弧を描き、店長の顔に突き刺さった。ドボッという音がしてこぼれ落ちる目玉をすくって元の位置に戻すように店長は目を抑えた。ドバッと血の塊が床に落ちた。目を抑える手から大量の血が溢れてこぼれた。床は真っ赤に染まっていった。自分がやられた方がましだった。胸が締め付けられた。

 ここから先は地獄だった。早く終われと願うばかりだった。結果的に私は働いていたお店の上司たちに大迷惑をかけてしまった。大怪我をさせてしまった。

 数時間後、外に出て私は血まみれの店長に泣きながら謝った。本当に申し訳ないと思った。悔しさでも情けなさでもなく、本当に申し訳ないと思った。「いいんだよ、大丈夫だよ、泣くなよ。バカだなーお前は」と私の涙よりも目から大量の血を垂らしながら笑って肩を抱いてくれた。

 本当に申し訳ないと思った。私のために頭を下げてくれたこと、そして許してくれたこと。その後もこの件に関して店長が私を責めることは一度もなかった。