性風俗でのアルバイト
「子どものお菓子を買えない」「生理用品も買えない」と嘆いていた詩織にしては、解せない話だが、その謎を解くのが、この頃、茂に隠れて始めた性風俗でのアルバイトだった。きっかけは、中国の同郷の知人女性が、都内の風俗店で働いていたことだ。その中国女性と、街で偶然再会した詩織は、彼女の派手な姿に愕然とした。ブランド物の洋服にブランド物のバッグと靴。そして、詩織に高価なステーキを平然とご馳走してくれ、こう囁いた。
「日本の男って簡単よ。一寸、胸や腰を触らせてあげるだけで、大喜びするの。アルバイトに1日だけでもやってみない?あなたなら5万や10万すぐ稼げるわ」
とはいえ、性風俗でのアルバイトとなると、いくら知人に誘われたからといって、おいそれと決断できるものではないだろう。
ただ、詩織には、子どもが欲しがるオモチャやお菓子を自由に買ってやれないという忸怩たる思いがあった。
「ママが無能だから、ママにお金がないから、あなたたちの望みをかなえてあげられない――」
そうした渇望がある一方で、茂に対する後ろめたさは、不倫行動によって、既に払拭されていた。
加えて目的に対して、猪突猛進する生来の気性の激しさが性風俗でのアルバイトを可能にし、後に、その世界で成功を収める原因になっていったと思われる。
詩織の気性の激しさは半端ではない。例えば、私に面会したいとなると、「会いたい!至急会いたい!」と昼夜を問わず電報を打ってくる。他人が見たら、まるで熱愛中の恋人同士のような文面だが、要は、その日の公判での不満を聞いて欲しいとか、中国の子どもたちのことが急に心配になったから、どこそこに売っている何それを買って送って欲しいということなのだ。
また、ある時などは、よほど法廷での追及が気に入らなかったのか、それこそ怒髪天を衝く勢いで泣き喚き、その勢いで2人の間を隔てる拘置所のアクリル板が割れて砕けるかと思えるほど警察や検察への怒りを爆発させたこともあった。一度、こうと思ったら、一直線に自分の欲する方向に向かって進む気性の激しさが、詩織を日本に来させ、茂との結婚に向かわせ、その茂を植物状態にまでしてしまった遠因といえなくもない。