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秋篠宮さま「結婚と婚約は違います」リベラル教育の“光と影” 平成期の皇太子家と関係性はなぜ逆転したか

2020/12/01

source : 文藝春秋 digital

genre : ニュース, 社会

 11月30日の誕生日を前にした記者会見のなかで秋篠宮は、「結婚することを認めるということです」と述べ、事実上、長女・眞子内親王と小室圭さんの結婚を認める発言をした。一方で、「結婚と婚約は違いますから」と会見の最後に言及している。これはどういうことなのだろうか。

2020年11月、記者会見に臨まれる秋篠宮さま 宮内庁提供

戦後皇室の「恋愛結婚」神話を加速させた眞子さまと小室さん

 今回の眞子内親王と小室圭さんとの結婚問題は、2017年5月にNHKが婚約内定をスクープしたことから始まった。その後、眞子内親王と小室圭さんとの出会いなどがメディアで盛んに報じられた。国際基督教大学(ICU)で出会ったことは、世間ではとても好意的に受け止められた。上皇・上皇后のいわゆる「テニスコートの出会い」以来、戦後の皇室は「恋愛結婚」の流れが定着していた。

 両親の秋篠宮夫妻や伯父伯母にあたる天皇皇后も、特に男性皇族の強い思いが結婚へと至ったと伝えられ、皇族が自ら強い意思を持ち、自身の伴侶を得ることはまさに象徴天皇制を体現する形でとらえられていた。そして、「海の王子」というキャラクターや、パラリーガルとして勤務していた小室さんの側面も、むしろ現代的な若者像として好意的に見られていた。そうした彼との結婚を選択した眞子内親王に対しても、より戦後皇室の「恋愛結婚」神話を加速させた存在として、歓迎されていた。

2017年9月3日、婚約内定記者会見での眞子さまと小室圭さん ©JMPA

 そもそも、平成のなかで、秋篠宮家に対する世間のイメージはよかった。自由闊達に育った秋篠宮は、平成最初の皇室における慶事として婚約・結婚したが、質素な学習院官舎に住む川嶋紀子さん(当時)との結婚は、「紀子さまブーム」とも呼ばれるような現象を起こした。

 1991年10月23日には長女の眞子内親王が誕生、1994年12月29日には次女の佳子内親王が誕生し、次の世代の皇族がいる宮家として注目を浴び続けた。中学生になった眞子内親王はちょうどそのころに興隆してきたネット社会のなかで、「かわいい」存在として注目されてきた。「秋篠宮眞子様御画像保管庫」なるサイトも作られたほか、ニコニコ動画で眞子内親王を模した「ひれ伏せ平民どもっ!」という動画が人気になったこともある。高校生になった佳子内親王もやはりネット上でそのビジュアルが消費され、「佳子さまブーム」が起きたこともあった(茂木謙之介『表象天皇制論講義』白澤社、2019年)。