平成になって2年目、1990年の日本では「オヤジギャル」「アッシーくん」が闊歩し、「♪職業選択の自由 アハハン」というCMソングが流行るなど、社会はまだまだ好景気に浮かれていた。バブルがハジケるのは翌年のこと。そんな年にデビューした芸能人たちの“あの頃”を振り返ってみた。(常田裕/清談社)
篠原涼子がいた、東京パフォーマンスドール
80年代後半に芸能界を席捲したおニャン子クラブの勢いに乗って、この時代には多くのアイドルグループが作られた。そのひとつが東京パフォーマンスドール(TPD)。このメンバーだったのが篠原涼子で、同期には後にEAST END×YURIとして『DA.YO.NE』を大ヒットさせる市井由理などもいた。
「素人集団だったおニャン子とは正反対の本格的な歌とダンスのパフォーマンスがウリで、ライブハウスでの定期公演や二軍制システムなど、後のAKB48にも影響を与えたといわれています」(芸能ジャーナリスト・渡邉裕二氏)
グループ在籍中から頭角を現した篠原は、『ダウンタウンのごっつええ感じ』のレギュラーを機に知名度を上げ、94年には小室哲哉プロデュースで発売したシングル『恋しさと せつなさと 心強さと』がダブルミリオンを達成するなど一躍トップアイドルとなった。
グループを卒業して以降は、舞台などで着実に経験を積みながら女優業にシフト。2000年代に入ると主演ドラマ『アンフェア』(06年)『ハケンの品格』(07年)を立て続けにヒットさせ、現在もトップ女優として活躍中だ。
なお、TPDは武道館や横浜アリーナでの公演を行うほどの人気を博したものの、96年に活動を停止。その後、13年に新メンバーで活動を再開しており、今年12月には誕生30周年と銘打ったライブが開催。篠原も「私の青春はパフォーマンスドールと共にありました」というお祝いコメントを寄せている。