多様な働き方が認められるようになったとはいえ、いまも日本の経済を支えるのはサラリーマンたちに違いないだろう。そんなサラリーマンと切っても切り離せないのが「ビジネスマナー」の問題だ。サラリーマンという働き方が一般的になって、およそ100年。これまで、いったいどのようなビジネスマナーが生まれ、そして消えていったのだろうか。
パオロ・マッツァリーノ氏の著書『サラリーマン生態100年史 ニッポンの社長、社員、職場』をによると、かつては「お疲れさま」はチャラい言葉として受け止められていた時代もあったという。ここでは同書を引用し、ビジネスマナーの歴史を振り返る。
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上司に「ご苦労さま」は失礼なのか?
ある日、人事課長の浦島太郎さんが社長室へ入っていくと、社長の桑原さんはモーニングを着込んでいた。
「おや、今日は何かあるんですか?」
「市会議員の山田君の息子の仲人をたのまれて、今日が結婚式なんだ」
「そりゃア御苦労さまです」
(源氏鶏太『三等重役』)
いま現役のサラリーマンが読んだら、「おや?」と目をとめる個所です。みなさんはきっと新人のころ、部下が上司に向かって「ご苦労さま」とねぎらいの言葉をかけるのは失礼なので、「お疲れさま」といいましょう、とマナー教育を受けたことでしょう。
でも『三等重役』が書かれた昭和26(1951)年の時点では、課長が社長を「ご苦労さま」とねぎらうのは普通で、マナー違反という考えはなかったのです。
それを裏づける調査もあります。平成17(2005)年に文化庁が実施した世論調査で目上の人への「ご苦労さま」を容認したのは、20から40代では10パーセント前後しかいません。この世代には、それがマナー違反であるという「常識」が浸透しているのです。しかし50代は14.3パーセント、60代以上では20.2パーセントと、年代が上がるにつれて目上へのご苦労さまを容認する割合が増えてます。
時代によって変わる“マナー”
この調査時点での60代以上というと、昭和20から30年代に社会人になった人たちです。若いころ日常的に使っていた言葉なので、マナー違反という感覚は薄いのでしょう。実際、「いつから上司にご苦労さまっていっちゃいけなくなったんだよ?」といぶかしむかたもいます。そう思うのも当然です。変わらない「型」をみんなで共有・実践することにマナーの存在意識があるのだから、ちょいちょい変わっちゃったらマナーの自己否定になってしまいます。
じつは、「ご苦労さま」を目上から目下へのねぎらいとする常識にも、疑問が投げかけられてます。複数の国語学者が、江戸時代の文献ではむしろ目下から目上への使用例が多いことを指摘してるといったらビックリしますか。いまとはまったく逆だったんですよ。