3.被害者から見た示談
では被害者は本当に状況をコントロールできる「強者」の立場なのでしょうか。逆に、被害者の観点からこの事件を見てみましょう。
この被害者は、被疑者側弁護士からは高額な示談金を提案されていますが、示談をすることは気が進まないようです。
(1)知識の不足
そもそも被害者は示談金の相場など知りません。ただ目の前におかれた金額をジャッジしないといけない立場なのです。弁護士が被害者側にも就任しているケース以外では、自分に提案されている条件が相場なりであるかどうかも分からないでしょう。
また、殆どの事件で初めての体験を、精神的に追い詰められた犯罪被害者としての心境で判断しなければならないことのハードルも高いのです。
(2)「示談しない」ことへの不安
被害者が示談をしなければ、被疑者は重く責任を問われる可能性が高くなります。
これは事実ですが、この事実が被害者を追い詰めることもあります。すなわち、自分が示談を拒絶したために逆恨みされることはないか、と言った不安が被害者にはあります。
(3)示談しなかった場合の損害賠償について
任意の示談が成立しなかった場合、原則として被害者には、一定の犯罪については損害賠償命令の制度がありますが、被疑者が任意に示談金を持ってくる示談よりは遥かに大変な手続きですし、弁護士に委任せねばならないかもしれません。
被疑者が若年や無職で賠償金を払うだけの金銭的余裕がなく、示談なら親族が立て替えると言っている場合など、判決を取っても本人以外から取り立てることはできませんから、示談をしないと賠償が実質受け取れないようなケースもあるのです。
こうした状況を考え、悩みながら示談を選択する被害者も多いのです。一方的に被害者が強い立場で振舞っているとは、少なくとも言えなそうです。
4.示談の是非
こうしたバランスの中、被害者と加害者の合意が成立したケースが示談となります。
示談を後で後悔する被害者もいるかもしれませんが、殆どのケースで、示談は被害者の意思でもあるわけです。
全く事件と関係のない第三者が「示談で事件をねじ伏せた」と論評するとき、そこには被害者の意思はありません。ましてや示談金の金額について是非を論じるのは、被害者として最も知られたくない内容の一つでしょう。
性犯罪について考えるとき、「加害者を罰する」ことより「被害者の力になること」を主眼に置いてみる必要があると私は思います。加害者を罰するためには検察官が奔走しますが、被害者を救い、平穏な生活を過ごすための助力は、まだまだこの社会に欠けているように感じます。