「私、山里亮太はいかにして若林正恭より“下に”成り下がったか?」
そんな風に書かれたスケッチブックをめくりながら、若林正恭にプレゼン形式で語っていく山里亮太。「冬」に新作漫才を作って披露するために改めて2人の関係性を振り返ろうというのだ。同期の山里と若林は、2009年、ライブ「潜在異色」(のちに日本テレビで番組化)の中で漫才ユニットを結成。2012年には『たりないふたり』(日本テレビ)としてレギュラー番組化された。今年は「2020~春夏秋冬~」と題して季節ごとの特番として放送されている。「秋」の今回はこれまで深夜だった番組が日曜のお昼に2週連続で放送された。
2人が出会った2009年といえば、オードリーは前年末の『M-1グランプリ』準優勝でブレイクし、テレビに出始めたばかり。その4年前の『M-1』で既にブレイクしテレビで売れっ子になっていた山里は若林にとって「あこがれ」の存在。山里も「ポッと出のオードリーを引っ張ってあげよう」という意識だったと言う。当初はネタ作りも主導していたのは山里。立ち位置が変わってくるのはレギュラー放送が始まった2012年頃から。毎週新作漫才を披露する試みだったが、この頃から若林が山里が作ってきたネタに対し「う~ん、これってぇ」と異論を唱え始めたという。ついにはネタ台本の挨拶部分以外すべてに赤線が入ることも。この頃、Wツッコミから若林がボケ、山里がツッコミに変更。表向き「山里さんにツッコミは敵わないから」と言っていた若林だが実情は「山里はボケに一切触れるな」ということだったのだろうと山里は言う。
前半はそんな山里の“フリップネタ”の聞き役に徹していた若林だが後半は反撃を開始。「山ちゃんのツッコミって本当に芸能界一」と持ち上げた上で「ただボケは大したことない」。常識がある分、ボケの振り幅が小さく「狂ってんなあ」と思ったことが一度もないと。それを一番の課題だと思い悩む山里に、人間はみんな得意不得意があり完璧ではない。それをいまだにわからないのは「人生経験がたりないから」とバッサリ。2014年になると当初はあんなに嫌っていた飲み会もいいと言うようになり、キューバや北欧に行く好奇心も芽生えた若林。それが理解できない山里。
2人で漫才をすると「劣等感が聞こえなくなる瞬間がある」にもかかわらず「その相手に劣等感を持ってる自分が気持ち悪い」と吐露する山里に「ごめんね」と気遣いつつ「自分の話が多すぎる」と問題点を指摘する若林。自分の置かれた立場に向き合いながら物の見方を変えていった若林と、頑なにその目線を変えない山里。どちらも魅力的だが、だからこそその対話は痺れるほど刺激的だった。
『たりないふたり』
日本テレビ系 不定期番組
https://www.ntv.co.jp/tarinai/