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樹木が言う「幅の狭い人」という言葉の意味

 引用した発言にもあるように、樹木からはとにかく「よくも悪くも、あなたってとても幅の狭い人ね」と言われていたという(※5)。彼が演じてきた役の幅広さを考えると意外な指摘である。

 しかし、プライベートの本木は《幼い娘に着せた服が似合っているのか、三歩下がってじっと見る……とか、テレビ台の下に敷いたカーペットの僅かなヨレが気になって、いつまでも直しているとか》いった「つまらないこだわり」を持っており、そこから樹木は「幅の狭い人」と見たらしい(※5)。

©文藝春秋

 樹木からは、茶人の千利休の役でもやれば、そういうつまらないこだわりも活かせると言われたこともあるという。彼いわく《千利休は、自分の美意識の一点を高めて、ある種の「狭さ」を持って茶道を極めた人ですよね。そこに似た「狭さ」が僕にもあると言うんですね》(※5)。慧眼で知られた樹木、しかも同業者にして家族だけに、これはかなり彼の本質を突いているのだろう。

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『日本のいちばん長い日』の翌年、2016年に出演した西川美和監督の映画『永い言い訳』では、高貴な役から一転してダメさも弱さもたくさん持った小説家・衣笠幸夫(ペンネームは津村啓)を演じた。

 冒頭からいきなり妻に当たり散らすその役をオファーされたとき、《初めて身の丈に合った役柄が巡ってきたと思った》という(※6)。

《脚本を読めば、幸夫は自分にも通じるような捻れた自意識、当惑、混乱、自虐、と人間の脆さ満載だし。さらに、結果この主人公は自力では変っていけず、周囲の人間たちとの関わりによって、わずかに差した光のようなものに気づかされていくという、そのへんの情けないリアル感がなかなか到達しない感じも、まさに今の自分の身の丈にあっているなと思ったんです》(※6)

『永い言い訳』西川美和監督(左)と本木 ©文藝春秋

 ここから撮影には、素の自分の嫌な部分を総動員して晒しまくる覚悟でのぞんだ。ただ、西川監督からは、そういう演技をするたびに、「いまのはやりすぎです」とセーブされたとか(※6)。それでも、周囲の人たちからは口をそろえて「酷似してる」と言われたというから(※7)、幸夫と本木には近い部分がかなりあったようだ。