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「産後うつ」が行政にも医療現場にも見過ごされてきた理由

2017/09/24
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ハイリスク期間が妊婦の「闇の時期」になる

 顕著に現れているのが、産後うつ発症ハイリスク期間と言われる産後2週から半年の時期に、母親への継続的なケアがほとんどないことだろう。出産するまでは定期的に妊婦健診が行われ、母親は医療とつながっている安心感がある。ところが、産後に退院すると(母子ともに健康状態に問題ないと医師が判断した場合)、医療機関とのつながりは切れる。母親は出産による心身のダメージを受けた状態で、赤ちゃんの世話や授乳などに戸惑い、時にはマタニティーブルーズなどで感情が乱れた状態のまま、5~7日前後で退院していく。もちろん産後1カ月の健診はあるが、それまでに出血や子どもの異変などよほどのことがなければ母親が医療機関に関わることはない(母乳外来などは増えてきたが)。

 退院後には、生後28日以内に自治体の助産師や保健師が訪れる「新生児訪問指導」、生後4カ月までを対象に保健師などが訪問する「こんにちは赤ちゃん事業」がある。こんにちは赤ちゃん事業は母親サポートが目的で、産後うつのスクリーニングなどの質問票を使う自治体も一部にはあるが、「虐待をするようなメンタルになっていないか」という子どもを中心にした考え方も依然として大きい。もちろん訪問は有り難い事業だが、2つの訪問を一度で兼ねている自治体も多く、保健師と会うのは一度きりという母親も多い。また地域担当の保健師は高齢者に関する業務なども多く、妊産婦ケアだけに注力できない。

 次にあるのは自治体の3~4カ月健診だが、実施方法は自治体によって異なり、担当保健師と会わないことも多い。

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 数えると、半年の間に行政からのサポートは訪問と健診の2、3回のみ。生後半年になれば、子どもを預けるサービスや外出先などの選択肢も増えてくるが、それまでは利用できるサービスも少なく、頻繁に外出するには体力が回復しきっていない母親もいるだろう。

 結果として、新しい生活と育児に戸惑い悩み、体も産後のダメージから回復しきっていない退院後から約半年頃、つまり産後うつのハイリスクの時期は、継続的な公的サービスがほぼないという、母親にとって闇の時期になっている。この頃の「野に放り出されたような孤独感」は、母親と話すと「あるある」だ。

©iStock.com

 2年前に生後5日の子どもを抱えた筆者は、退院時のタクシーの中で「私はこれでもう誰ともつながっていないんだ、たった1人でこの子を育てていかないといけないんだ」と孤独感でがけっぷちに立ったような思いだった。

 筆者は1カ月後に保健師訪問を受け、産後うつの質問票にも記入した。地域担当の保健師はとても良い方で、里帰りもせず、マンションにこもって独りで子育てをする筆者を心配してよく電話もかけてくれたので心遣いには感謝している。しかし、当時の私にとっては、電話をする時間も子どものことが気になるし、泣かれたら電話どころではなくなる。それが負担で、かかってきた電話を無視してしまったこともあった。当時の私が欲しかったのは、子どもと私を離して1人にしてほしい、そしてゆっくりトイレに行き、お風呂に入り、食事をし、寝たい。そういうことだったから、短時間の訪問や電話では、当時の私のサポートにはならなかった。