1月10日から開催される大相撲初場所。しかし、そこには今場所に再起を図る大横綱・白鵬の姿はない。5日に新型コロナウイルス感染が判明し、休場を余儀なくされたからだ。三役以上の力士では初の感染に角界では激震が走った。長く角界取材を続ける共同通信編集局運動部の田井弘幸氏が緊急寄稿し、横綱・白鵬が抱えてきた「孤独」を指摘した。
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衝撃的なコロナ感染が判明
大相撲の第一人者として長く君臨してきた横綱白鵬が、今までにない土俵人生の大きな岐路に立っている。右膝や腰などの故障が増え、最近2年間の12場所で休場は8場所。昨年後半は3場所連続休場で、11月場所後には横綱審議委員会から設置70年で初となる「注意」の決議を受けた。新型コロナウイルスに深く沈んだままの2020年が終わり、先行き不透明な21年が始まるや否や年明け5日に衝撃的なコロナ感染が判明。初場所(1月10日初日・両国国技館)の休場を余儀なくされた。世相と歩を一にするかのような白鵬は逆風に吹かれ、波乱含みの1年を迎える。
優勝回数は44と史上最多を更新中で、2位の大鵬の32回を大きく引き離す。通算1170勝、幕内1076勝など勝利にまつわる記録のほとんどで、白鵬は1位を占めている。他にも横綱在位80場所などトップに立つ金字塔は枚挙にいとまがない。大相撲史に残る強豪力士であることは間違いないのだが、この大横綱にはなぜか、いつのまにかといった具合に負のイメージが先行。打ち立てた実績とは裏腹に、何とも微妙で不遇な立ち位置を招いてしまっているのが現状だ。
荷物が雑然と置かれた宮城野部屋の玄関前で記者会見
そんな境遇を如実に表したのが2年前の9月3日だった。日本国籍を取得――。白鵬にとっては運命的な一日だった。現役引退後も日本相撲協会に残って親方となるには、どんなに白星を積み上げても外国籍では資格がない。父はモンゴル相撲の大横綱でレスリングの五輪メダリスト。国民的英雄だけに、母国モンゴルとの決別には相当な葛藤や心の摩擦があっただろう。
「(日本国籍取得は)ずっと思っていた。相撲があったからこそ、ここまで成長できた」
白鵬はこう述べるが、彼にしか分からない紆余曲折を経て決断へと至ったと察する。そして恐らくしばらく破られることはないだろう優勝記録を保持する横綱が、大相撲で弟子を育てる指導者の道を選んだ。本来ならば角界、本人の双方にとって晴れの日なのだが、日本人となったばかりの「白鵬翔」が報道陣の前で初めて言葉を発したのは、東京都墨田区にある宮城野部屋の玄関前だった。決して日当たりがいいとは言えない細い路地は晴れ舞台とほど遠く、玄関脇には必要か不要か分からない荷物が雑然と置かれていた。