私は以前勤めていた不動産会社で系列のホテル会社に出向していたことがある。経営企画部長という肩書だったが、実際の仕事のほとんどが、日本全国各地にあるホテルからの業務報告、相談事への対応だった。それまでは不動産会社でオフィスビルの開発の仕事ばかりやっていた私にとって、毎日お客様と対峙するホテルという業態は毎日が驚きの連続だった。それはあたかも毎日手元で「人間動物図鑑」を開いているようなそんな錯覚に陥る日々だった。

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朝メールを開くと前夜の業務報告が

 毎朝、出勤してはじめにやるのがパソコンを開くことだ。不動産会社に在籍していたころは、いつも何の気もなしにパソコンを開き、無造作にメールチェックをするのが日常だった。ところがホテル会社での朝、メールチェックをするのは何だか怖いような、楽しいような複雑な気持ちだったことを今でもよく覚えている。全国15のホテルの前夜の業務報告がすべて私のパソコンに集まってくるからだ。

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 ホテルは夜が本番の商売だ。なぜなら、当日宿泊するお客様全員が建物内に滞在されているからだ。前夜が順調で何事もおきなければ、私のメールボックスは閑散としている。ところが、どうしたことかほぼ必ずと言ってよいくらい数件のトラブル報告があがってきた。

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 夜のトラブルといえば、多くが男女間のトラブルだ。フロント前でいきなり若い男女が口論をはじめ、つかみあいの大喧嘩、などというのはかわいいほうだ。裸のまま部屋から放り出された女性が助けを求めに来る。逆にフル○○の男が部屋から締め出されるなどというケースもあった。男女が結合したままどうにも身動きができない状態に陥り、救急車を呼んで搬送した、などという事件にも遭遇した。

「落ち着け、何が起こったんだ」「脱糞です!」

 夜の所業のもうひとつはお酒をめぐるトラブルだ。酔客同士のけんかは大抵が他愛のないものなのだが、仲裁に入ったホテル側が逆に両者からからまれるなどということもよくあった。しかし、中にはさすがにホテル側としても我慢できない事件が起こる。

 ある夏の蒸し暑い朝、それはいつものメールではなく、あるホテルの支配人からの直接の電話で知らされた。

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「牧野さん、た、たいへんです。」

「どうしたの?」

「6階のフロアが大変なことになってます。」

「落ち着け。何が起こったんだ。」

「そ、その、脱糞です。」

「え? なに? だっぷん?」

「はい、エレベーターホールから廊下、客室まで、ゲロとウンコです。」

「なに~。どうして?」

「よくわからないのですが、とにかくたいへんなことに。」