這いながら、よからぬものを塗りたくって
あわてて電話を切って現場に向かうと、現場はものすごいことになっている。とりあえず、同じフロアのお客様には全員部屋から移っていただき、謝罪する。それにしてもすごい臭気だ。気を取り直してあらためて現場の報告を聞くと、どうやら酒で泥酔した外国人留学生が、おう吐を繰り返したあげくに脱糞の行為に及んだとのこと。おそらくそのままの状態で部屋まで這っていったために、あらゆる箇所によからぬものを塗りたくってしまったとのこと。本人はまったく当夜の記憶がないらしく、まだ気持ちが悪いのかぼそぼそと母国語で何やら話すのだが、とにかく何を言っているのかもわからない状態。
通常では、多少のおう吐やお漏らし程度はホテル側も清掃コストを請求することはないが、これは事件である。ホールから廊下のカーペット、壁紙は全交換。部屋も同様の処置が必要となった。加えて臭気はもともと気密性の高いホテルという建物では1日では収まらず、そのフロア全体が数日使えない状態となった。留学先の学校にも連絡をとり、さすがに費用については全額賠償を請求する事態となった。若気の至りとはいえ、その所業に唖然となったものだ。
夜な夜なホテルに現れる肉食系のチョウ
夜のホテルはお客様のトラブルだけではない。ホテルという建物には夜になると現れるチョウがいることをご存じだろうか。このチョウはなかなか捕まえることが難しいばかりでなく、鮮やかな色の羽を揺るがして、お客様を捕まえてしまう、という肉食系のチョウだ。そのため捕まえるのがなかなかにやっかいなのだ。
最近のホテルでは、エレベーターに乗る際に客室カードキーをかざさないと行き先階のボタンが押せないようなセキュリティのかかったものが多くなったので、チョウの出現を阻止することがある程度可能になった。それでもお客様と同時にエレベーター内に潜入し、お客様の降りる階で降りてしまえば、完全に侵入を防ぐことは不可能だ。
ホテル側としては夜中にホテル内を巡回して、怪しいチョウを発見した場合には声をかけるなどして追い払うのだが、彼女たちもさるもの。同宿の人を待っている、だのただ佇んでいるだけだなどと屁理屈だけは立派なものだ。どうしてもお客様第一主義のホテルマンには強く退去を迫ることが難しくなる。
また、お客様自身が電話やSNSなどでチョウを呼び出して捕獲してしまうこともしばしばおこる。これも宿泊規定上は違反なので、そのようなチョウが部屋に入ることを妨げてもよいのだが、お客様が不機嫌になることを恐れる現場では黙認してしまうことが多い。
こんなことからホテル従業員は毎晩、捕虫網を片手に夜のチョウを追いかけまわすことになる。