1ページ目から読む
3/4ページ目

 都内のホテルの一室で、巨人の長谷川実雄代表らが小林を説得したが、小林はなかなか首を縦に振らなかった。精根尽きて小林が移籍を了承したのは夜11時半を回っていた。

 巨人と阪神は日付が変わった2月1日午前0時17分に読売新聞本社で江川と小林のトレードを正式に発表した。

江川卓 ©文藝春秋

 翌日の新聞は江川卓の巨人入団と小林繁の移籍を1面で報じた。読売新聞以外のメディアは巨人、読売の横暴を責め立てた。

ADVERTISEMENT

 小林、江川のキャンプインはともに2月7日と報じられたが、巨人は現場の混乱を恐れて江川をキャンプに参加させなかった。江川は矢沢正トレーナーと自主トレをする。

 小林が高知県安芸の阪神キャンプに合流したのは2月11日のことだ。縦じまのユニフォームでグラウンドに姿を現すと、スタンドから「巨人の(ユニフォーム)より似合ってるで」と声がかかった。十分にトレーニングを積んでいた小林の身体は引き締まり、初日からブルペンで捕手のミットに快音を響かせた。この日は初の紅白戦が行われたが、観客席は1万人の大入り満員だった。

キャンプに出発する直前に呼び戻され、縦縞にユニフォームに袖を通すことになった小林繁 ©文藝春秋

 江川の初キャンプは翌年になった。2月1日に宮崎でキャンプイン。他の若手選手とともに始動した。王貞治ら主力組は2月7日に合流したが、江川は打撃投手として回転の良い球を投げて、王を驚かせた。メディアの数はすさまじく、江川は常に付きまとわれる。初めての休日に散髪をするとあるスポーツ紙は1面で「江川洗脳」と大きな見出しを掲げた。

7歳年上の「影武者」が現れた松坂大輔

 1998年の夏の甲子園でノーヒットノーランの快投を見せた横浜高校の松坂大輔は、ドラフト1位で西武に入団。

 翌春、高知県春野町の県立総合運動公園野球場の西武春季キャンプにも多くの人が詰めかけた。キャンプインした松坂大輔は

「朝は7時10分に起きた。早起きは苦手だけど、決められた時間に起きるのは大丈夫。地獄のキャンプが始まったという感じですね」

松坂大輔 ©文藝春秋

 東尾修監督は大事に育てる意向で「俺がうんと言うまでは、松坂はブルペンに入れない」と語った。