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「危険な街」というイメージ

「あのあたりはコロンビアの女。その向こうはタイ人。そこを曲がると福建の女たち。辻々で勢力が違うんだぜ」

 暗い路地で先輩が囁いたのをよく覚えている。うろついている中東系の男たちはイラン人で、女たちの監視役でもあり、違法テレホンカードや麻薬の売人なのだという。異様な雰囲気だった。外国人だけでなく、日本人のヤクザも多かったと聞く。「たびたび銃声を聞いた」という地元の人もいる。

 この時代のインパクトは相当に強かったようだ。2003年から当時の石原慎太郎都知事が、歌舞伎町浄化作戦を進め、不法滞在している外国人の取り締まりを強化、もちろん大久保にも波及し治安はだいぶ改善されたのだが「危険な街」というイメージで語られることは続いた。

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ヨンさまブームと日韓ワールドカップの影響

 こうしたダークな面の一方で、国際学友会の設立をきっかけにして、日本語学校や外国人を受け入れる専門学校も増えていく。夜の街で働く女性たちや労働者だけでなく、大久保には留学生も目立つようになる。そしてヨンさまブームと日韓ワールドカップから、この街は新しい時代に入っていくことになる。

©iStock.com

 現在、びっしり立ち並んでいたという連れ込み宿はだいぶ減った。外国人留学生や勤め人向けのアパート、寮などに変わっている。それにゲストハウスやシェアハウス、民泊だ。インバウンド需要の増大から新宿のホテルが飽和状態となり、大久保にも外国人旅行者がなだれ込んできたのだ。キャリーケースをがらがら引いて、アパートを改造した民泊を目指すアジア系の旅行者がずいぶん目立つようになった。まるでタイ・バンコクの安宿街カオサンロードにあるようなゲストハウスもあって、欧米人のバックパッカーがくつろぐ。この姿を鉄砲同心百人は、あの世からどう見ているのだろうか。

 この街は、「よそもの」を受け入れ続けることで歴史を紡いできた。400年にわたって涵養されてきたその磁場のようなものが、さらに「よそもの」を引きつけるのかもしれない。

ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く

室橋 裕和

辰巳出版

2020年9月11日 発売