着物の両袖が広げられた状態でスポットライトを当てられたディスプレーは、まるでこちらを威嚇するかのよう。気軽に人を寄せ付けない佇まいを醸し出し、着物に興味を持っている人でも「呉服屋」にはなかなか足を踏み入れづらいのではないだろうか。

 YouTubeチャンネル登録者数12万人で、簡潔な説明が人気の着物着付け講師のすなおさんによると、「着物を楽しむという目的であれば、無理に呉服屋に行く必要はない」という。それではなぜ、日本中に呉服屋があるのか。ここでは着物初心者のノンフィクション作家、片野ゆか氏による著書『着物の国のはてな』(集英社)を引用。着物好きが呉服屋に足を運ぶメリットを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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高くてあたりまえの理由

 着物はどうして高額なのか? その主な理由は、着物人口が大幅激減した戦後以降、業界が高額路線に舵取りをしたことで大成功して、今に至っているからだ。

 しかし、最盛期の40年前に2兆円近くといわれた市場規模は、今や約2800億円と7分の1にまで落ち込んでいる。もうとっくに方向転換しなければならないはずなのに、いまだに敷居が高い商売をしている店があるのは、過去の成功体験が忘れられないからと指摘する人は多い。

 でも洋服にくらべて、着物が高価な理由もそれなりにわかる。

 特に、絹という上質な天然素材を使っている影響は大きい。今は中国からの輸入に頼っていて国産の絹糸は全体の1パーセントにも満たないといわれるが、それでも大量生産できない素材であることに変わりはない。

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 そもそも着物一枚をつくるためには3000もの繭が必要で、つまりそれと同じ数の命が犠牲になっていると考えると、ああ、胸が痛い......。こうした生産の過程を知ってしまうと、すでに市場に出ている反物、リサイクルやアンティーク着物など、せめて今あるものは大切にしないとなぁと思うのだ。

高品質な化学繊維の着物

 その一方で、今どきは技術が向上して、高品質な化学繊維がたくさん開発されている。有名なのは東レシルックという素材で、お茶席や式典などのフォーマルシーンに対応できる着物にも使われている。愛用者に着心地を訊いてみると、正絹のなかで一番とろみ感が強い綸子と比較してしまうと、ポリエステル特有のカサッとした感じは若干あるものの、正絹との違いはほとんどわからないという。着物業界のプロなどそうとう目が肥えている人でも、正絹と見分けるのが難しいこともあるというからスゴイ。

 一般的なポリエステル着物が仕立てあがりで20000円前後が目安といわれるなか、東レシルックはその倍以上してしまうけれど、メンテナンスをプロに頼まなくてはならない正絹とくらべると、自宅で洗濯可能などアフターケアははるかにお手軽で、総合的に考えると、もう正絹にこだわらなくてもいいんじゃない、とも思うのだ。

 ただし着物が高い理由は、それ以外にもある。