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不貞腐れた男と号泣した男…地下鉄サリン事件「実行役」が法廷で語った言葉

『私が見た21の死刑判決』より#30

2021/03/06

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 読書

note

誰に向かって涙するのか

 捕まって、苦しくて自殺するんじゃない。まあ、自分からの逃避なんだけど、ひとことひとことが囚われてでてきたんです。死のうと思った時、一言残せないことが無念に思えてきた。そうしたら、自分が殺した人たちはどうだったんだろうと。──自分は千代田線だから、亡くなられた菱沼さんと高橋さん(霞ケ関駅駅員)のことを思いました。この2人は、自分が死ぬことすらわからなかったんじゃないか。それから、その家族、それから苦しくって死ぬってことも意識になかったんじゃないか。すごく無念だったんだろうなと思って……。

©iStock.com

 私は修行していて、自分の家族のことは結論が出ていると思っていて、それでも死ぬとなると、一言書き残しておきたいと、ましてや亡くなった2人の家族にとっては、その思いというのは、大変なものだったとわかったんです……。

 私に、家族や、縁のある人がいるように、2人にも家族がいて、お子さんがいて、親御さんがいて、その2人がどうして亡くなられたのか……私の撒いたサリンを、電車を走らせるために片付けたことで、亡くなられたわけなんだから……。

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 私は医者で、本来……人を助ける本来の職業でありながら、そういう人たちに較べて……うっ!   だぁっー!」

 あとは声を上げて泣くばかりだった。時折、大きく深呼吸しながら、ずっと堪えて証言を続けていたものが、堰を切って襲ってしまった。頭を抱えて証言台に突っ伏し、人目をはばからずに号泣していた。どうにもおさまらずに、裁判長が言った。

「15分、休廷します」

 法廷はそのまま休廷になった。

 こうした態度が、反省・悔悟の情が顕著と評価されたことにつながった。

 そればかりか、遺族の心も揺り動かしていった。遺族のひとりは、法廷で林郁夫には極刑を望まないとまで述べている。

 では、横山はどうしたらいいのだろうか。

 誰に向かって涙したらいいのだろうか。

私が見た21の死刑判決 (文春新書)

青沼 陽一郎

文藝春秋

2009年7月20日 発売

不貞腐れた男と号泣した男…地下鉄サリン事件「実行役」が法廷で語った言葉

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