1995年3月、地下鉄サリン事件が世間を震撼させた。事件から2日後の3月22日に、警視庁はオウム真理教に対する強制捜査を実施し、やがて教団の犯した事件に関与した信者が次々と逮捕された。

 やがて起訴された者の中には、ひとりも殺していないのに死刑判決が下された者もいた。ジャーナリストの青沼陽一郎氏が記録した判決に至るまでを、青沼氏の著書『私が見た21の死刑判決』(文春新書)から一部を抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。後編を読む)

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横山真人の場合

 ここからは、ひとりも殺していない死刑囚の話をしたいと思う。

 彼は、現実的に誰一人も殺してない。だけど、死刑になったのだ。

 その男の名を、横山真人といった。

 地下鉄サリン事件で残る一路線、丸ノ内線荻窪発池袋方面往き車内でサリンを撒いた人物だった。

 ところが、この路線では、ひとりも死者が出ていないのだ。

 それどころか、液状のサリン入り袋2つを、傘の先で突いて漏出気化させるはずが、気の弱さが影響したのか、はたまた実行能力に欠けていたのか、1袋しか穴を開けていなかった。散布量がはじめから違ったのだ。

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 しかも、残る1袋は無傷のまま警察によって押収できたものだから、犯行に使われたサリンの成分分析のサンプルとしては最高のものが提供されたことになった。いわば、事件の真相究明には、多大な貢献をしたことになる。

 ところが、彼は死刑になった。

 わかりやすく、他の地下鉄サリン事件の実行犯とその功罪を較べてみれば、こういうことになる。

 林泰男  日比谷線(北千住─中目黒方面)
  死者8名 ……… 死刑

 豊田亨  日比谷線(中目黒─東武動物公園方面)
  死者1名 ……… 死刑

 廣瀬健一 丸ノ内線(池袋─荻窪方面)
  死者1名 ……… 死刑

 横山真人 丸ノ内線(荻窪─池袋方面)
  死者0名 ……… 死刑

 林郁夫  千代田線(我孫子─代々木上原方面)
  死者2名 ……… 無期懲役

 2人を殺した林郁夫が無期懲役になって、1人も殺していない横山真人が死刑になる。

 どこか、不自然ではないか?