『きらめく共和国』(アンドレス・バルバ 著/宇野 和美 訳)東京創元社

 1990年代半ば、そそりたつ緑の壁のようなジャングルから貧しい先住民の集落、整備された市街地までが存在する架空の都市サンクリストバルに謎の子どもたちが現れる。どこから来たのかわからない、9歳から13歳の、リーダーらしき存在のない、理解不能な言葉を話す彼らは町の中で徐々にその数を増やしつつ無邪気に遊び物乞いをしゴミを漁り金品を強奪しスーパーマーケットを襲撃し大人を二人殺し姿を消す。大人たちが彼らを疎んじたり憐れんだり憎んだり恐れたりする一方、保護者から愛され何不自由なく暮らしている「普通の」「私たちの子ども」たちは神出鬼没で自由な彼らに抗いがたい魅力を感じるようになり、呪術めいた儀式や夢のお告げが流行する。

 大人たちによる大規模な捜索と陰惨な策略の末に居場所を突き止められた謎の子どもらは遺体で発見される。32人が一箇所で一斉に亡くなったのだ。

 本書はこの痛ましい事件から20年以上を経た時点から語られる。語り手は事件の前にサンクリストバルに赴任した男性で、公務員として子どもらの福祉や捜索に深く関わっていた。彼はドキュメンタリー、新聞記事、エッセイ、日記、論文、監視カメラの映像、テレビ番組等を引用しつつ当時のことを語る。不吉な予兆、腐った官僚主義、無能な政治無責任なメディア容易に意見を翻す大衆、泰然としつつ表情を変える大河……イメージを塗り重ねるような語りによって、当時から今に至るまでこの事件の全容がいかに不明瞭であるか、語り手がいまだにどれだけこの事件に囚われているかが浮かび上がる。

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 誰の中にも大人の部分と子どもの部分があって、完全な大人も完全な子どもも本当は存在しない、はずなのに、社会や家族が成立するためにはルールを定める立場の大人と庇護される立場の子どもとが区別される。ジャングルと都市、先住民とあとから来た人々、富裕と貧困……本当は明確な線引きなどできないはずの、渾然一体となっているべきそれらもまた区別され分断されていること、さらに言えばそれらの分断を政治やメディアが率先して生み出していることに、現代社会の閉塞感や希望のなさは起因するのではないだろうか。だからこそ、リーダーのいない、大人の庇護を逸脱した子どもたちの集団は大人たちを、サンクリストバルを、彼ら以外の子どもたちをそして我々読者を強く揺さぶる。

 亜熱帯の湿気や香気とともに死や血のもたらす腐臭も濃く漂う本書は、しかし、明らかに希望を描いてもいる。分断を超え、あるいは無効化し、一つにならないで、でも隣り合い混ざり合う混迷に至ること、その道筋は多分辛く苦しくもあるけれど、本書の最も美しく悲しい場面に降り注ぎ反射する光のような、それは小さい確かな可能性なのだ。

Andrés Barba/1975年、スペイン・マドリード生まれ。小説家、エッセイスト、写真家、脚本家、翻訳家。2017年本書でエラルデ小説賞を受賞。他の邦訳された著書に『ふたりは世界一!』。
 

おやまだひろこ/1983年、広島県生まれ。作家。『工場』で新潮新人賞、織田作之助賞、『穴』で芥川賞を受賞。他著に『庭』がある。

きらめく共和国

アンドレス・バルバ ,宇野 和美

東京創元社

2020年11月11日 発売